おそらく本人は何の気なしに言ったであろう、お母さんの“お嫁さん”発言。
にわかに訪れるぎこちない沈黙。
なんとも複雑な表情の寛行さんとお父さん。
“あらら”と苦笑しつつとぼけるお母さん。
静かな部屋で、煮え頃食べ頃の鍋だけが、地味にぐつぐつ音を立てる。
うーむ、なんとも微妙な緊張感……。
私たちは皆、今夜この家で、ちょっとしたドラマが起こることを知っている。
そして、そのドラマがハッピーエンドであることも。
けれども――
その芝居(?)の最初の台詞を言うのは誰なのか?
その辺のシナリオについては誰もまったく知らないわけで……。
お互いに、相手の様子をうかがっているような。
はからずして相手を牽制しているような。
寛いでいるようで寛いでいなくて?
待っているようで待っていなくて?
言い出しそうで言い出さなくて?
お父さん、寛行さん、私……それぞれの思惑が交錯する中――
「あ~、お土産のお豆腐すごく美味し~い。冷奴でいただくのもいいわねぇ~」
お母さん……。
唯一の救いというべきか、お母さんだけがマイペースに平常心を貫いていた。