ナースセンターへと向かう私の肩を、誰かの掌がくい込みそうなほどの力でぐっと掴んだ。


「夏夜」


呼ばれた名前に、頭の奥がしびれるような気がして、眩暈がする。

凛とした態度で臨もうとした決意が、ただの一言でもろくも崩れ去ろうとしている。

振り向かずに、私はそっと瞼を下ろした。

涙だけは、涙だけは見せたくない。瞳の上に防波堤を築くと、私は深呼吸をした。


「話があります。大事な、話が」


握りこぶしに力を込めて、平坦な口調で、しかしきっぱりと伝えた。

沈黙の一秒が、万秒にも感じる。


わかった、と言った後、亮雅はナースステーションにいる医師や看護師と二言三言話し、すぐに戻ってきた。


「行くぞ」


どこへ、と訊く暇もなく、私は亮雅の後を追いエレベーターに乗りこむ。


彼のしなやかな指が、地下2階のボタンにそっと触れる。

何も言わなくても、すぐにわかった。


あの場所へ、行くつもりなんだ。