驚く里佳子を無理やり説得し、私は一人で病院の中に入った。
院内にある喫茶店で私を待つということで妥協した里佳子は、今頃コーヒーをすすっているだろう。
おいしくないと評判の、院内コーヒー。殿様商売だから改良する必要もないらしいその液体を。
人の波をかきわけ、亮雅のいる病棟ではなく、私はこの病院のもっとも奥まった場所を目指して歩き始めた。
病棟は入院患者のお見舞いに来る人がいるので、誰でも中に入れるが。
私は、念のためにと思って持ってきた病院のIDカードを鞄から取り出す。
そこへたどり着くには、いったんこのIDをかざさなくてはならない。
私のIDが削除されていないことを祈りつつ、機械にかざすと、ピッと小気味良い音が聞こえて扉が開いた。
外来や病棟のごちゃごちゃとした雰囲気に比べ、ここはなんとも静かだ。
私のヒールの音が、遠くまでこだまする。
医局、総務、と並び、一番奥が院長室だ。
その手前にある場所にかかっている名札を一文字一文字確認するように指でなぞった。
“経営支援課”
座席表では一番入り口に近い場所に、彼の名前があった。
「こんにちは。永井君」
「え!? ふ、藤崎さん!!」
彼の銀縁の眼鏡が、蛍光灯の光で輝いて見えた。