現在の時刻、9時20分。
「来ないね」
「だね」
私と里佳子は、案の定、二人で顔を見合わせて、ため息をつくことになった。
「電話してみるよ」
私は、受話器を上げて、院内のピッチの番号を押す。
コール音、5回目にして、もしもし、と、とても女性とは思えない、低い声がした。
番号から、受付の人間がかけているのがわかっているのだ。
これが、男性医師だったりしたら、ワントーン高い声が、ハイ、って返事をするはずなのに。
「あ、お忙しいところすみません。
内科外来ですが、今日は先生が、1番を担当すると聞いてるんですが」
「はぁ?
そんな話聞いてないし。研修医にやらせてよ」
「申し訳ありません。
研修医の先生は、1週間オリエンテーションで、
その間、大谷先生が、指導医になってるんです」
「はあ?知らないよ、そんなの。
1番は、研修医の仕事でしょ?
忙しいのに、いい加減にして!」
ガチャン、と電話が切れた。
ツーツーと、むなしい音が受話器から漏れる。