診療所はともかく、大きな病院にかかる患者さんは、けっこうな距離を歩かされる。

やれ、検査室へ行け、やれ、診察室は奥だ、会計は別だ、などなど。

初めてくる患者さんは、次にどこへ行けばいいのか、一度の説明で理解できないことも多い。


多分、その患者さんは、耳鼻科の受付へ行けという大森の案内を理解できなかったのだろう。

大森は、自分が患者をわざわざ連れて行ったのだと、ご立腹らしい。

4月に入ったばかりの頃は、軽かったフットワークも、半年の間にずいぶん錆び付いたご様子だ。


ひとしきり私に患者の文句をたれると、彼女は本来の仕事に戻った。


彼女が愚痴りたい気持ちもわからないではない。

身勝手な医者と傲慢な患者の間に挟まれて、かみ合わない彼らの意思疎通をはかることが、

並大抵の苦労でないことは、私にもよくわかるから。


もちろん、そんな医師ばかりでも、そんな患者ばかりでもない。

だからこそ、この仕事を辞めないでいられる。


けれど、うっすらと積もるちりが、やがて大きな塊となって部屋の隅に転がっていくように、

日常の鬱積した不満が、地表深く眠るマグマのように溜まっていき、

本来爆発すべきではないところで、発散されたりすることも、よくあることなわけで。


彼女の態度に、私は一抹の不安を感じずにはいられなかった。