モズは異国イデヤン(アラビア半島の南部)で、レレ族出身の家族と出会った。領主のウェルは司祭者であり、妻と七人の娘がいた。

遊牧民で、特定の土地などもっていなかった。ウェルは直系から外れた子孫ゆえに、気楽な生活を送っていた。

ウェルは、遊牧した先々で出会ったラエル人の前で、司祭職をこなしていた。モズは、その長女ポーラと結婚した。

 モズは、レレ族直系の子孫だ。司祭者を継ぐには、ウェルにとって都合のよい義理の息子だ。モズにも、二人の息子が生まれた。そんな平穏で幸せな日々が、数カ月も続いた。

「私は、異国にいる寄留者だ(出エジプト記)」

 けれども、モズの脳裏にはエジプトで奴隷として働く親兄姉や民たちのことがいつも気になっていた。養母ケイトもいる。だけど、今の自分に何ができる? 

あの強大な国王と戦えるはずもない。毎日が、落胆と絶望の連続であったのに違いない。

 ある日モズは、羊を追って神の山「シナン」に登ってしまった。遠方からでも、時折、山頂付近が真赤に発光するのが見える、不思議な山であった。

それゆえに神が住む、禁断の山として登る人はだれもいなかった。興味本位から、その掟を破ってしまったのだ。山頂でモズは、鼻につんとくる刺激臭を感じた。そして目撃してしまった。

 ドス黒いドロドロとした黒い水が、間欠泉(一定時間の間隔をおいて、周期的に熱湯や水蒸気を噴出する温泉)のように噴き出ていた。

 こんな乾燥しきった山の中で、柴の枝木が落下した。木にぶつかり、摩擦熱が発した。火花が散った。

その火花が、大地から湧き出る「黒い水」に引火して巨大な火柱が生じた。柴の木は、燃え上がった。