十五歳、子供でもなければ大人でもない。複雑で微妙な年頃。そんな子の大切な人を奪った。そしてそれは、薫にも言えること。
ずっと、騙していた。薫の父親を、夫を、その手に掛けたのは私。
「……ごめん、ごめんなあ」
コツコツと、響くヒールの音に機械が唸る不協和音。
娘にまで辛い決断をさせてしまった。でも、これ以上は駄目。この少年にも手を汚させたくはない。今更だと嗤われるだろうか。都合が良いと罵られるだろうか。だとしても。ああ、本当に今更だ。
それでも薫には、貴方達には、未来を歩いて行って欲しいから。だから、罪を重ねるのは私だけで充分なのよ。我儘を、赦してね。
「薫!皆を連れて外に出や!ここはお母さんに任せたらええ!」
白衣のポケットに隠していた同種の注射器を、素早く梶先生の首に打って声を荒げた。突然の事に動きを止める子供達も状況を瞬時に理解してくれたのか、皆で助け合うように手を取って走って行く。
残されたのは私と、先生と、薫と、立ち尽くす金髪の少年。
「薫が用意しとったものでここを焼き払うけん。やけん、薫達は先に行き?ほら、早よう。皆が待っとるよ」
私の言葉に、薫の瞳が大きく揺れた。本当は、私もこうなることを望んでいたのかもしれない。心の何処かで、ずっと。ずっと。
「………黛!」
すっかり呆けてしまっている少年のところに駆け寄って来た人物は、先ほど派手に先生と揉めていた子。感情を剥き出しに、射殺さんばかりの強い眼差しが少年を真正面から貫く。
「お前、俺に言ったことを忘れとらんやろうな!〝やり直すチャンス〟そんなん……それこそ、お前にもあるんで!――ユキト!」
「っ、」
名前を呼ばれた瞬間、眸に光が戻るのを見逃さなかった。きっとこの子も大丈夫。この子達なら大丈夫。だって、独りじゃないから。
「さあ、薫もあの子らと一緒に行き?お母さんもすぐに行くけん」
「でも…」
「全部が、終わったらなあ……いっぱいお話をしよう?あんまり話、聞いてあげられんかったもんね」
にこりと微笑むと、薫も自然と笑顔を返してくれた。娘の笑顔を見るのなんていつぶりだろう。とっくに取り返しのつかないところにまで来ていたのか。それでも。見れて、良かったと思う。
霞む視界のなかで、あの子達の後ろ姿を目に焼付けた。忘れないように。連れて行けるように。――指先が、痙攣する。先生に注射を打つと同時に自分にも注射を打たれた。私はじきに動けなくなるだろう。身体の動くうちに、早く、早く。約束、したのだから。
「蛍、ごめんなあ」
機械の主電源を落とし、洞窟内に入れていた灯油のポリ容器を倒して、動かなくなった梶先生のポケットからライターを抜き取る。
「っ、これで、おしまい、」
小さな銀色から地面を走っていく赫。
轟々と燃え盛る炎のなかで蛍の顔を見た。それは夢か、幻か。
『ごめんね、ありがとう』
そう言って彼女は、優しく微笑んでくれたような気がする。お母さん、もうすぐ私もお母さんのところに行くよ。お父さんにも会えるかなあ。洋一さんにも、会いたいなあ。皆で、私のことを叱って欲しい。そして、叶うならば。――皆の、二人の、話を聞かせてね。
大規模な爆発が起こった。そうして裂けた頭上から、再び降りだした雪が舞う。はらり、はらり、不規則にちらつく白い雪と炎の光が反射して、それはまるで冬の景色に放たれた蛍のようだった。
「綺麗やなあ……」
私も一緒に行けるかな。一緒に、連れて行って。
二度と、迷わぬように。
ずっと、騙していた。薫の父親を、夫を、その手に掛けたのは私。
「……ごめん、ごめんなあ」
コツコツと、響くヒールの音に機械が唸る不協和音。
娘にまで辛い決断をさせてしまった。でも、これ以上は駄目。この少年にも手を汚させたくはない。今更だと嗤われるだろうか。都合が良いと罵られるだろうか。だとしても。ああ、本当に今更だ。
それでも薫には、貴方達には、未来を歩いて行って欲しいから。だから、罪を重ねるのは私だけで充分なのよ。我儘を、赦してね。
「薫!皆を連れて外に出や!ここはお母さんに任せたらええ!」
白衣のポケットに隠していた同種の注射器を、素早く梶先生の首に打って声を荒げた。突然の事に動きを止める子供達も状況を瞬時に理解してくれたのか、皆で助け合うように手を取って走って行く。
残されたのは私と、先生と、薫と、立ち尽くす金髪の少年。
「薫が用意しとったものでここを焼き払うけん。やけん、薫達は先に行き?ほら、早よう。皆が待っとるよ」
私の言葉に、薫の瞳が大きく揺れた。本当は、私もこうなることを望んでいたのかもしれない。心の何処かで、ずっと。ずっと。
「………黛!」
すっかり呆けてしまっている少年のところに駆け寄って来た人物は、先ほど派手に先生と揉めていた子。感情を剥き出しに、射殺さんばかりの強い眼差しが少年を真正面から貫く。
「お前、俺に言ったことを忘れとらんやろうな!〝やり直すチャンス〟そんなん……それこそ、お前にもあるんで!――ユキト!」
「っ、」
名前を呼ばれた瞬間、眸に光が戻るのを見逃さなかった。きっとこの子も大丈夫。この子達なら大丈夫。だって、独りじゃないから。
「さあ、薫もあの子らと一緒に行き?お母さんもすぐに行くけん」
「でも…」
「全部が、終わったらなあ……いっぱいお話をしよう?あんまり話、聞いてあげられんかったもんね」
にこりと微笑むと、薫も自然と笑顔を返してくれた。娘の笑顔を見るのなんていつぶりだろう。とっくに取り返しのつかないところにまで来ていたのか。それでも。見れて、良かったと思う。
霞む視界のなかで、あの子達の後ろ姿を目に焼付けた。忘れないように。連れて行けるように。――指先が、痙攣する。先生に注射を打つと同時に自分にも注射を打たれた。私はじきに動けなくなるだろう。身体の動くうちに、早く、早く。約束、したのだから。
「蛍、ごめんなあ」
機械の主電源を落とし、洞窟内に入れていた灯油のポリ容器を倒して、動かなくなった梶先生のポケットからライターを抜き取る。
「っ、これで、おしまい、」
小さな銀色から地面を走っていく赫。
轟々と燃え盛る炎のなかで蛍の顔を見た。それは夢か、幻か。
『ごめんね、ありがとう』
そう言って彼女は、優しく微笑んでくれたような気がする。お母さん、もうすぐ私もお母さんのところに行くよ。お父さんにも会えるかなあ。洋一さんにも、会いたいなあ。皆で、私のことを叱って欲しい。そして、叶うならば。――皆の、二人の、話を聞かせてね。
大規模な爆発が起こった。そうして裂けた頭上から、再び降りだした雪が舞う。はらり、はらり、不規則にちらつく白い雪と炎の光が反射して、それはまるで冬の景色に放たれた蛍のようだった。
「綺麗やなあ……」
私も一緒に行けるかな。一緒に、連れて行って。
二度と、迷わぬように。