「蛍ちゃん、ほんまにありがとおね」

あれから二週間ほど経った頃、彼女――桜木(さくらぎ) 紫乃(しの)ちゃんは元気な姿を見せに、ご両親と共に診療所へと赴いてくれた。紫乃ちゃんは私と同じ十五歳のとても人懐っこい可愛らしい女の子だった。

あの日運ばれて来た理由は、夜中に喉が乾いて台所に行ったところ、誤って包丁を落としてしまった、ということだったらしい。

どんくさいよねと笑う紫乃ちゃんの頬に浮かぶ笑窪(えくぼ)

「また、遊びに来るけん」
「うん」
「絶対、絶対、来るけんね?」
「っ、うん!」

道の曲がり角までずっと手を振ってくれるその姿を、目蓋の裏に焼付けた。紫乃ちゃんはいつだって私に笑顔を見せてくれる。

「蛍ちゃーん!」

彼女は約束を守ってくれた。何度も、何度も、何度も。

「お母さんがぼたもち作ったけん、蛍ちゃんにも持って行きんちゃいって。やけん一緒に食べよー」
「……私、ぼたもち食べたことない」

能力の漏洩を恐れ、学校へ通うことを禁じられていた。だから、私にとって紫乃ちゃんははじめて出来た友達だったの。

「嘘やろう?ぼたもち食べたことないん?今までに一度も?」
「うん、はじめて」

紫乃ちゃんは私に新しい気持ちと新しい世界を沢山与えてくれた。

幸せだった。とても。

「あんな、蛍ちゃん。この村にはホタルがすぅごく綺麗に見える場所があるんよ。んふふ、蛍ちゃんとおんなじ名前やねえ」
「ホタルかあ、見てみたいな」
「絶対見えるけん!一緒に見に行こうなあ、約束!」

小指と小指を絡ませ、誓った約束。果たされると信じていた。祈りは通じると思っていた。この村では大丈夫だと信じていたかった。

「楽しみにしてるね」
「うん、私も楽しみやわ!」

山の奥へと消えていく太陽は、禍々しいほどに(あか)かったのに。