どんなに相手にされなくても、あたしがモモを見る目はいつでもキラキラハート形。
悔しいけど、……悔しくない。
「モモー、一回だけでいいから抱っこさせてよー」
こりないあたしは机に頭を乗せたままモモにまたお願いしてしまう。
毎日がこんな感じだけど、あたしはどんなモモでも大好きなの。
シカトするモモに何回か呼びかけたけど、ピッと完全に耳を伏せられた。
「もうっ、あたしくじけないからねっ」
ガバッと体を起こして寝込みを襲ってやろと振り返った時、ふと思い出した。
「前に『ヘンタイ』って言われたのって、寝てる時無理やり抱っこしたからだったっけ……」
今日はもうなにをいっているかわからないけど、モモが鳴いたらきっとそう言っているんだと思うと少し切ない。
それからあたしは宿題もしないで、前足で顔を隠して眠るモモを眺めながら、初めてモモの言葉を聞いた日を思い出した。
……どうして突然あたしにだけわかるようになったんだろう?
今まで何回もこうやって考えてきたけど、いつも答えははっきりしないまま。
だけど、あたしには一つだけ心あたりがある。
きっとあの出来事が、あたし達の関係を変えたんだ。
夏なのにジーパンで隠した足をそっと見下ろしてから、日記帳の一番最初のページを開く。
そして吸い込まれそうな青とみずみずしい濃緑に目が眩んだ一年前の自分を、まぶたの裏に思い描いた。
「うひゃーっ、遅刻しちゃうーっ」
今日は待ちに待った一学期最後の日。
せっかく明日から夏休みだっていうのに、寝坊したあたしは自転車のペダルを必死にこいでいる。
額に浮かぶ汗の粒が、風になびく短めの髪にさらわれていくつも後ろに飛んでいく。
「くうーっ、暑いよーっ」
夏服のセーラーに汗がにじむのを心配しながら、いつもの小さな公園の前を猛スピードで通り過ぎた。
ここから背の高い街路樹のならぶ緩やかな坂道を下るとすぐに学校だ。
「あと少し!ラストスパートーッ!」
見通しのいい道には人も車も見当たらない。
ハンドルを強く握ったあたしは、下り坂の力も借りて更に加速した。
その瞬間、脇道から白い車が目の前に姿を現す。
「あっ!!」
そう小さく叫んだ時には、もうあたしの体は空中に飛んでいた。
ぶつかった衝撃はあったけど全然痛みは感じない。
なぜか滞空時間が長くって、あたしはその間スローモーションで流れるまわりの景色を冷静に見ていた。
あとを追ってくる前タイヤがグッシャリ潰れたお気にの自転車。
今まで気にしたことなんかなかった濃い緑色の街路樹の葉っぱの形。
真っ青過ぎるくらいの大きな空に浮かんだモックモクの入道雲。
それらを一枚ずつの写真のように見送りながら、あたしが心の中でつぶやいたことは。
……ヤバイ、パンツ見えちゃうよ。
ここから、あたしは見たことのない真っ白い世界に飛んで行った。
見渡す限り白いその空間は、本当になんにもなくて、物音なんかも全然なくて、あたしはしばらく一人でポツンと座り込んでいた。
遅刻しかけて車にはねられた記憶はある。
あたしの体もここにある。
ないのは、あたし以外のもの全て。
消えちゃったのは、まわり?それとも?
「あたしだけ残って、一瞬で全部なくなるなんてありえないよね?ってことは、あたしが……?」
小さな独り言が、広いのか狭いのかもわからない世界に吸い込まれていく。
「……ウソ、だよね?」
だってあたしはここで息もしてるし、手足も動く。
震えながら、かじかんだみたいにギュッと両手を握り合わせた。
指先にだってちゃんと感覚もある。
スカートに隠れた太ももをゴシゴシこすってみた。
うん、たしかに撫でられている。