大阪の冬は寒く、そして夏はアスファルトからの照り返しが激しく空気を焦がす。

そのよどんだ空気が巡回しては肇の額にせっせと玉の汗を作った。

39歳で大学病院の助教授を勤める肇はその芸術的なメス裁きで整形外科の若きリーダーである。

研究や手術に忙殺され休みも一月に一度あるかどうか、これでは趣味や会話の時間など持てるはずもなく、9年前に結婚した妻の夏美との関係はとうに冷え切っていた。

それでも肇が言い寄ってくる美人看護婦や女性との誘惑を撥ね付けているのはひとえに二人の子供可愛さである。

特に6歳になる長男の和哉には殊更愛情を注ぎ、将来は自分の後継者にと嘱望していた。
2歳年下の女の子で4歳の碧はもっぱら夏美になつき肇自身も女の子の扱いが良くわからないので、世話は妻にまかせっきりである。

夏美も昔は活発で明るい女性だった。

それが仕事に没頭し肇が家庭を顧みなくなるにつれ、その輝きをなくし、自分の世界と子供の将来に没頭するようになった。

もっとも夏美が変ったと言う以上に自分自身が変ってしまっている事も肇は良く分っていた。