「私分らない…お兄ちゃんの事好きなのかなあ…分らないよ静香」

「…ごめんね碧、あんた病人なのに。あんまりいじめちゃかわいそうだからもう辞めるわ。この事は元気になってからゆっくり考えなさい。それより倉庫で何してたの?」

「何って・・・決まってるじゃない、伝票とかインクとか・・・」

記憶を辿るように視線を泳がせた先に目つきの鋭いスーツ姿の男が割って入った。消毒薬臭が漂うこの空間に、およそにつかわない姿で居心地が悪そうに体を斜めにしている。

「沖田碧さんですね?」

挨拶も抜きにいきなり切り出した男は内ポケットから黒い定期入れのような物を出した。

「はい・・・そうですけど」

表情をこわばらせたままで数歩下がる。

無意識に静香の手を汗ばんだ手で握り締めながら肩に隠れるように碧は目を伏せた。
10歳の時、毎日のように警官に質問攻めにあい、その挙句、施設に入れられそうになった経験から碧は警察という名前を聞いただけで胸の鼓動が早まった。

「今度の火災ですが間違いなく放火です。現場検証した所、発火するような物は何もありませんし、おそらく倉庫の入り口付近に積んであった古い書類の束にベンジンらしき物をかけ直接火をつけたものだと思われます。何か心当たりは?」

事務的によどみなく話す刑事の言葉は小さいが、娯楽に植え好奇心の塊となっている入院患者を刺激するには十分らしく、あちらこちらから碧達の方をみながら小声で話す音が聞こえた。

「ちょっと刑事さん?碧はさっき意識が戻ったばっかりなんですよ。少しは気を使ってください。それに名前も名乗らないなんて失礼だわ」

「静香・・・別に私は大丈夫よ。刑事さんだって仕事だし・・・刑事さん?もしよかったら病院の喫茶店にでも行きませんか」

憤慨する静香を制して碧は無理に作り笑いを浮かべた。

一瞬躊躇した刑事は改めて回りを見渡し、好奇の視線が自分たちに向いている事を知り無言でうなずき歩き出す