「でも殺さなかった。紺野さん碧を殺さなかったじゃないか。紺野さんは鬼なんかじゃないよ。さあ、その銃をこっちに渡すんだ」

和哉が右手を差し伸べながらゆっくりと前進した。

和哉の歩数と同じだけ首を振りながら静香が後ずさりする。とうとう静香の膝のあたりまでが川の水に浸かった。

「だって…だって、あの時は本当に殺そうと思ったのよ…でも、隙間から見える碧の泣き顔見てたら、飛び込んでたのよ…どうしてか分からないけど殺せなかった。やっぱり殺せなかったのよ!」

「静香…」

静香の瞳から涙が溢れた。

「碧を殺そうとしたのよ…車で、倉庫で。2回もよ。火をつける時はいい気味だって思った。これで私も自由になれるって笑って火をつけたのよ!車で狙った時だって碧が後ろに倒れなかったら轢いてるわ…会社では笑って相手して影では殺そうとしてたのよ!」

「もういいよ。だって静香を追い詰めちゃったのは私だもん」

こらえきれず静香の口から嗚咽が漏れた。

その場にほっとした空気が流れた瞬間、静香はゆっくりと右手に持ったベレッタの銃口を自分のこめかみに押し当てた。

「ごめんね碧」

「静香!」

その瞬間、隙をうかがっていた雅彦がラグビーで鍛えたタックルで静香に突進する。しかし雅彦と静香の距離は長すぎた。

何度も後ずさりした静香との距離は頭に入っていた雅彦だが、その間に水があることを計算していなかった。

川の水に足をとられ雅彦のスピードががくんと落ちる。そして突然のことに驚いた静香は迫り来る雅彦の巨体を防ごうと両手を突き出した。

木々にとまっていた小鳥たちがいっせいに飛び立ち、光景がスローモーションになる。

15年の歳月を経て再び銃声が当り一面に鳴り響いた。