雪村さんの部屋は一般病棟からはほとんど隔離された個室となった。
一般の患者さんとバッタリ!なんてことのない部屋だから、あの3人も安心だろう。
そしてその隣の部屋で、私はこれから過ごすことになる。
少なくとも雪村さんの記憶が戻るまで私は自分の家ではなく、この部屋で過ごすのだろう。
私は雪村さんの部屋をノックして、失礼します、と一言断り、部屋に入る。
ベッドの上の雪村さんはほとんど放心状態だった。
目は虚ろで生きている人間のもののようには思えなかった。
それでも私に存在に気づいたらしい雪村さんは、本当に呟くように声を出した。
「・・・お前は、俺のことを・・・知らない奴か・・・?」
かろうじて私の耳に届いたその言葉・・・しん、と静まり返った部屋が寂しく感じられた。
「私は看護師の佐々木と申します。以前の雪村さんについて私は何も存じておりません。これから雪村さんのお世話をさせていただきますので、何なりとお申し付け下さい」
私は深々と頭を下げた。
雪村さんは、それからしばらく経ってから、ならいい、と短く返事をした。
「私は大抵隣の部屋におりますので、何かございましたら、こちらの電話の受話器をお取りいただければ、隣の部屋に電話がかかりますので、ご利用くださいね」
わざわざ雪村さんのためにここまでするとは・・・さすが大人気のロックバンドだと感心させられる。
「・・・なぁ」
「はい?」
「俺って・・・雪村、って言うのか?」
雪村さんはおもむろにそう聞いてきた。
抑揚の無いその声だけが、隔離された静かな部屋に響くのだった。
「そうですよ。あなたは雪村樹さんです」