実家に帰ったのは久しぶりだ。しかも兄貴と顔を合わせるなんて何ヶ月かぶりである。

一昨日、兄貴から電話があった。


便りがないのは良いことだと思ってる俺にとっては逆にめったに鳴らない電話がなると何があったのかと不安になる。


大学に入ってからは研究や実験が忙しくなり、通学も困難になった為に三年生になる少し前に部屋を借りてもらった。

家賃は卒業してからは自分で払っていたが、研究所の仕事を辞めてからは何度か頭を下げて家賃を借りていた。

親は帰ってきて好きな事をしたらいいと言っていた。
しかし、帰る訳にはいかなかった。

俺1人帰って楽をしてたら、残された薫ちゃんはどうなるのかって…。

音楽の道に誘ったのは俺。
研究所の中でも期待されていた薫ちゃんの将来を潰したのも俺。

だから何があっても薫ちゃんを残す訳にはいかなかったんだ。



久しぶりに見る兄貴の顔は幾分かやつれていて、顔色も悪かった。


「兄貴、ただいま」

「久しぶりだな。お前、元気なのか?」

「まあ、相変わらずだけど」


「たまには実家に顔を出せ。お父さんもお母さんもかなり心配してるんだぞ?」

「ごめん」


兄貴は広告会社の広報で働いていた。
小さい頃から兄貴は作家を目指していた。
大学時代には幾つか賞もとっていて、本格的に作家として歩み始めるつもりだった。

俺が音楽の道を歩んだ時に兄貴は書くことを一切辞めて、広告会社へ就職した。


「下の弟もまだ大学が残ってるし、夢見がちな息子2人もいたら父さんも母さんも負担が大きくなるからな。」


そう笑って言っていたが、当時は胸が痛かった。

自分のワガママで薫ちゃんと兄貴の夢を台無しにしてしまった。