「あーっ……と、そうだ!」
「?」

 哀音が何か思い出したかのように、懐辺りを探る。
 それの意図が分からなくて、雄飛は小首を傾げた。哀音はそんな雄飛に構わず、目当ての物が見つかったのか「あった!」と呟いて一枚の四方形に折られた紙を手渡す。
 何ですか、と問いかける前に、哀音は言葉をかける。

「今朝ねー。とある人から貰ったんだぁ。あたしはいらないから、ゆーちゃんにあげる!」

 はぁ、と生返事を返す。哀音の表情をチラリと見据えるが、にこにこ笑ってばかりなので真意は不明。
 とある人、も気になる。少し疑問に思ったが、とりあえず聞いてみる。

「どうして、これを僕に?」
「…………ゆーちゃんなら、大丈夫だと思うから」
「?」
「何でもなぁい!」

 哀音の呟きを上手く聞き取ることが出来ず、疑問符を返せば哀音はいつもの笑顔を見せた。
 それに安堵しつつ、四方形に折られた紙を広げる。

「叶え、屋…………?」
『あなたの望み、叶えます』

 黒いチラシには、その言葉しかなくて、後は何も書かれていない。
 住所も、電話番号も、何にも。宣伝用として機能されているのかすら危うい。

「哀音さん。これは…………って、いない……」

 チラシから哀音を見据えようと眼前を振り向くが、そこに哀音はおらず、いつもの教室が映っただけだった。
 仕方なくチラシを鞄に入れて、帰ろうと身支度を済ませる。そして、誰に何を言うこともないまま、教室を出た。
 雄飛は、部活には入っていない。バイトも、していない。
 部活はともかく、バイトは親の了承がなくてはいけない。
 それら二つを、親は許さない。
 所詮、自分は親の〝お人形〟。
 不満はなかったし、かといって満足もしていない。それが、当たり前だったから。
 先程のチラシを頭の隅で思い返して、雄飛は自分には関係のないことだと割りきった。

「……ただいま帰りました」

 この敬語口調も、親のスパルタと言っていいのかすら危うい教育で身についたものだ。