昔から、僕は〝人形〟だった。
 親の言う通りに生きて、親の言う学校に行って、親の言う通りの成績を取る。
 いつになっても、親、親、親。
 凄く楽だった。何でも親の言う通りに生きていれば悩まなくて済んだ。親も、にこにこ笑っていて。
 親が、僕の全てだった。

「――――……嗚呼、物語が始まった」

 私立紅石榴(くれないざくろ)学校、高等部。
 いつも通りの友人。
 いつも通りの授業。
 いつも通りの毎日。
 いつも通りのくだらない世界。
 二年A組の教室に、東雲雄飛(しののめゆうひ)はいた。
 もうLHRも終わり、帰り支度をする者、部活に行く者、隣近所と仲良く談笑する者がいまだ教室にはいた。
 雄飛はそんな教室を一瞥して、嘆息する。と、そんな時。

「ゆーうちゃんっ!」
「っ!!」

 突然、背後から飛びかかられて、前のめりに倒れそうになったが何とか堪える。
 こんなことをやってのける人物は、雄飛には一人しか見当たらなかった。
 いつもの無感情な瞳で、無機質な言葉をのべる。

「……何ですか、哀音(あいね)さん」

 名前を呼ばれた本人は、にっこりと屈託のない笑みを浮かべた。その笑みが眩しすぎて、雄飛は目を逸らす。

「えへへ~、やぁっと試験終わったね~。あーちゃん憂鬱~」

 こてん、と雄飛の胸板に頭を預けて、夏惣(なつふさ)哀音は唸った。哀音が雄飛を抱きしめているので、教室に残っていた者は赤面した。だが、彼らが期待するような甘いムードは、二人の間には流れていない。
 雄飛は哀音の頭を撫でていて、まるきり子供扱いである。
 だが哀音は嬉しそうに目を細めているので、その扱いが妥当のようだ。
 この二人は、高校に入って初めて出来た友人で、今は傍にいるのが当たり前の関係だ。

「哀音さんは、勉強苦手ですからね」
「う゛~、ゆーちゃんはいいねぇ、万年首席で」

 顔を上げて、その紫の瞳で雄飛を恨めしそうに睨む。そうですね、と雄飛は、適当に相槌を打った。