他愛のない会話は深夜の空気と混じり合って、懐かしい香りを立てながら視線の先にあるプールへと溶け込んでいく。

 あの頃と良く似た感覚に包まれていく。

 そう感じた直後──



『あのね、今度結婚するの、わたし』



 その瞬間、もとより吹いてなどなかったはずの風が、止んだような気がした。

「そっか。うん。おめでとう」

 電話でよかったと、心底思った。

 鏡で確かめるまでもない。

 歪めることもなく、微笑むこともなく、ただただこの水面のようにそのときの俺の顔は無表情。

 それは一縷(いちる)足りとも声に戸惑いの色を滲ませぬため。

 滲ませてはならぬため。

 下唇を噛むことも、眉根を寄せることも、爪を手の平に食い込ませることも。

 何ひとつ。

 だから彼女は言葉を続けた。

『でもね、迷ってるの……』

「ふぅん?」

『ホントにこの人でいいのかな、って……』

 同じ時間を歩み切れなかった、これは罰なのだろうか。

 よりによって何故、俺にそんなことをいうのか。

 今にして思えば、あれはマリッジブルーというやつだったのだろう。

 結婚を前にして、過去の男に相談の連絡をする。

 聞かない話でもない。

 とはいえ、それは都合のいい話だ。

 苛立つ胸の奥。

 けれどさらに奥では、その相手に選んでくれたことを微かに嬉しく思う男の愚かさが間違いなくあった。

「そう思うのは男だけだよ」と後々になって別の女性にいわれはしたが。