朝。
珍しく時間通りに登校して来た俺とカズマ。

下駄箱の前でくだらねえ事話してたら
慌てた様子のケイタが走り込んで来た。


「大変だ!
さっき登校してきた西条が
真希達に呼び出しくらったらしい。
裏庭に連れてかれたって」


話のまだ終わらないまま
俺は中庭に向かって走り出す。


前に俺に見せた
真希の鋭い眼光が頭に浮かんで
嫌な汗が出た。


全力疾走をして中庭まで行くと
垣根の後ろに隠れて
10メートル先の女の団体を見るケンゴの姿。


「てめぇ、何やってんだよ!
見てねえで止めろよ!」


怒って奴に詰め寄る俺を
落ち着き払った様子で隣に座らせるケンゴ。


「まぁまてや。
おもろいからちょっと見てようや。
危なくなったらすぐに助けるし」


面白い?


意味不明な俺の視線の先には
明らかに不機嫌そうな顔して
腕を組みながら真希を睨むアキ。

それに対して背後に四人の女を携えて
彼女の負のオーラに怯んだような真希。


えっ!?
つーか普通逆じゃねえ?


「な、おもろいやろ?
西条全然負けてへんし。
ちょっと会話聞いてみようや」


その言葉通り沈黙して耳を済ます。


「――で、結局何が言いたい訳?」


相手にしてらんないって風な
呆れた口調でアキが言うと
真希はカッとして叫び声をあげる。


「あ、あんまり
なめたまねしてんじゃねーっつてんのよ!」


真希完全に押されてるだろ。

つーか子分とかつれて
しかもその言い回し
お前はいつの時代の人間だよ。
女番町か!?


「なめた真似?
そんなの私がいつしたの?」

「だからそーゆーとこが
ムカつくのよ!
いつも余裕そうな顔しちゃって
どうせ裏じゃ男たぶらかして
女王様きどりで
優越感にひたってんでしょ!」


くだらねえな。
実にくだらねぇ。

これ以上聞いてても時間のムダだろうし
立ち上がろうとすると


「リョウの事だってそうよ!
あんたみたいな女にひっかかっちゃって。
最近は他の子とも
全然遊ばなくなったらしいし」
「お前、そうなのか?」


いつの間にか中庭に到着して
背後にしゃがみこんだカズマが
俺の背中に問い掛ける。

とりあえず視線だけで
奴に肯定の返事をして再び前を見る。


……って、何で真希が
んなこと知ってんだよ。
女同士の横の繋がりって怖ぇ。


背中に寒気を感じてたら
眉間にシワを寄せたアキが言った。


「リョウ?
何、リョウの事で怒ってるの?」

「そうよ。
リョウと付き合ってるんでしょう?」


するとアキは少し笑って
意味深に


「さあ、どうだろう」

「な、何その言い方!
人の事ばかにしてんの?
日曜日にデート、してたんでしょ?
ネタはあがってんのよ!」


“ネタ”って
お前は取り調べのデカか?
アキもアキだ
真希をあんま刺激すんなっつーの。


「あなたはさ、
リョウが好きなの?」

「そ、そーよ」

「だったらこんな下らない事してないで
他にやるべき事があるんじゃないの?」

「……え!?」


アキは一歩真希の方に足を進めると
呆れたようにため息を着いた。

そして回りの人間を威圧するような鋭い目。


少し強い風が
アキのストレートの金色の髪と
真希のゆるく巻いた茶色い髪を揺らし

二人の頭の上では新緑が
この緊迫した空気に全く溶け込むことなく
ザワザワと揺らめいていた。
「それとも何?
私の事傷つければ何が変わるの?
私が泣いて土下座するとか?
それかこの髪切ってみる?
腕の一本でも折れば
リョウの気持ちが手に入るとか?

そんな簡単なの?
人の気持ちって」

「……別に、そういう訳じゃない」

「じゃあ何なの!?
あなたの望みは何?
だったらためしにやってみたら?
私は抵抗しないから」


そして鞄とギターケースを右腕に抱え直し
細い左腕を真希の前に差し出す。

完全にアキに気圧されて
固まる真希とその他。
(こいつら居る意味あんのか?)


俺ら全員あまりの光景に息をのむ。


真希はきっと
こんな展開になるなんて考えてもなかった。

ちょっと文句を言って
彼女が大人しくすれば
それで気が済んだんだろう。


――諦めろ真希
お前とは格がちがう。
本格的に止めさせようと
立ち上がって一歩踏み出した俺の耳に
錯乱した真希の叫び声。


「な、何言ってんの?
あんたおかしいんじゃないの?
しかもこんなギターなんか持って
女のくせに。
ホントはたいして弾けないんでしょう?」


動揺するあまり
すでに目的がわからなくなった真希は
アキの右腕から
ギターケースを取り上げた。

慌てて目を見開くアキ。

その表情を見て真希は面白そうに笑う。


「へぇ、そんなに大事なんだこのギター。
だったらこうしてあげる」


取り返そうとするアキを振り切り
真希はそばにあった木の幹に
ギターケースを両手で持ち上げ
振り下ろそうとした。


「やめて!!」


アキの悲痛な声の後には
ガツンッて思いっきり嫌な音がして――


「――いってぇ!」


「リョウ!」と真希が驚愕の表情をみせる。


――よかった、間に合った。


真希の目の前には
幹と彼女の間でギターケースを抱えた俺。


ぶつけた肩はかなり痛いけど大丈夫だろう。
所詮女の力だし。


「リョウ、大丈夫か?」


慌てて駆け寄ってくるカズマ達。


「あぁ、全然平気」


そう笑って立ち上がると
目を見開いて固まったままの
アキの前に立ち
ギターケースを差し出した。
捨てられた子犬みたいな目をしたアキは
震える手を伸ばし
俺からギターケースを受け取ると

ギュッとそれを胸に抱きしめて
制服が汚れるのなんか全く気にしないで
土の地面に座り込んだ。

そして「よかった」と
今にも泣き出しそうな声を上げる。


その姿を見て
信じられないといった表情の真希。

彼女の方を向いて俺は言う。


「理解できないって感じだろ?真希。

実際にはされてないとしても
腕一本ぐらい
何でもないって言ったこいつが
たかがギター一本で
こんなになっちまうなんてさ。

やっぱさ
音楽やってるやつにしたら
楽器は凄い大事なもんなんだよ。
時に自分の事なんか
どうでもよくなっちまうくらいな。

常識的にはいくら楽器があっても
身体がどうかしたら
意味ねーじゃんって思うんだけどさ
――理屈じゃないんだ」


緊迫した顔でアキのそばに立つカズマ達も
俺に同意するかのように沈黙を続けた。

それを受け止めた真希はうつむいて
「ごめん、なさい」と
震える声でつぶやいた。

取り巻きたちも
気まずそうな反省顔をみせる。


それに何の反応もせず
相変わらずギターを抱えたまま座り込み
微動だにしないアキ。


――様子がおかしい。


「……アキ?」

「西条?どないしたん?」


俺よりアキのそばにいたケンゴが
しゃがみこんで
心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。


「なんやお前、顔真っ青やんか!!」


そう大声を上げたとたん
ふわりと彼女の身体が揺れて


「アキ!!」

「西条!!!」


ケンゴがすぐに手を伸ばし
地面に倒れる前のその身体を受け止める。

その後ガタンと
彼女の手からギターケースが落ち
土の地面の上に
ゆっくりと沈んでいった――。
――――――

「寝不足と、軽い過労ね。
彼女細いし
あんまり身体強くなさそうなのに
無理したんじゃないかしら」

「……寝不足」


俺の目の前で
ベッドに横たわる彼女をジッと見つめる。

顔色はまだ青白く、
身体はピクリとも動かなくて
胸の不安が全く消えてくれない。


――説明するまでもなくここは保健室。

あの後俺達は
倒れたアキを抱き上げ
超特急でここに駆け込んだ。

もちろん抱き上げたのはケンゴ。
理由は一番それが手っ取り早かったから。


「あぁ、ほんまこいつ軽かったで。
羽毛みたいに飛んでいくかと思ったわ。
飯ちゃんと食ってんのか?」

「こいつ、一人暮らしなんだ」

「そうなの?
じゃあ栄養も偏ってたりするかもね」


心配そうにアキの寝顔を見つめる
保健医の斉藤先生。

年齢は不詳だけどなかなかの美人。

長い髪をルーズに上にまとめ
白衣を着て颯爽と歩く姿に
トキメイてる男子生徒も少なくない。

性格はさっぱり系で生徒からの人望も厚く
昼休みともなると
大勢の生徒が相談に押しかけるほどだ。


「リョウあんまり思いつめんな。
考えすぎてもいい事なんかない」

「そうやで
真希もかなり反省しとるみたいやし
二度はおこらんやろ」

「あぁ」


そんな会話をかわす俺達を
横目でちらりと見て
斉藤センセイは机に座り
何か書類に記入してるようだった。

そしてふと顔を上げて


「あんた達
もうすぐ2限始まるから戻んなさい。
付き添い要らないから」


その言葉に「ヘーイ」と緩く返事して
立ち上がるカズマとケンゴ。

二人は座ったままの俺の俺を見て
顔を見合わせて少し笑い
「じゃーな」と俺の肩を叩き
保健室から出て行った。
沈黙が広がる保健室。


寝息すら聞こえないアキを見て
もしかしたら
死んでんじゃねぇか!?とか
ありえない事が頭に浮かんだり。


「心配で気が気じゃないって顔」


さっきの言葉をシカトして
保健室に居残る俺に注意とか全くしないで
斎藤先生は椅子をクルリとこちらに向けた。


少しだけそちらに顔を向け
また再びアキの硬く閉じた瞼を見る。


「……俺の、せいだからさ」

「そうなの?
昨日やり過ぎたとか??
だめよ、あんまりガツガツしちゃ」

「は!?何言ってんだよ。
仮にもてめぇ教師だろ」

「あら、意外と頭固いのね藤ヶ谷君。
冗談よ」


超シリアスな俺と対極に
柔らかい空気を醸し出す保険医。

呆れてため息を漏らす。


「笑えねぇ冗談」

「何?もしかしてあんた達
付き合ってないの?」

「付き合ってねえよ」

「そうなの……。
西条さんを見てるあんたの顔見てたら
そう思ったのに。
それに生徒から色々噂も聞くしね〜」

「なんか、面白がってねぇ?」

「そんなことないわよ。
みんな真剣に悩んで
私のとこ、来てくれるんだから。
誠心誠意
ちゃんと親身になって相談に乗ってます。

なんなら相談に乗りましょうか?
女ったらしの藤ヶ谷 リョウ君」


からかう気満々で節を付けて言った
その強い視線を見ないようにして
俺は顔をしかめた。


「いらね。
……っていうか俺あんま保健室こないし
センセイとちゃんと話したことすらねーのに
言葉の端々に悪意っつーか
トゲ感じんですけど」

「あら、そーお?
女子生徒の相談話に
あんた頻繁に登場するから
知り合いみたいに思っちゃって。

私のかわいい生徒達
あんまり泣かすんじゃないわよ!」

「ってイキナリ凄むなよ。
変なセンコー」
女らしい見た目とは違い
かなりさばけた性格に
思わず笑いがこみ上げる。


「ふーん、なるほどね」


そう言って口元に手を当て
短いスカートから伸びた細い足を組み替え
俺の方をジロジロ見る女。


「なんだよ?
っつーか見えそう、スカートの中」

「うっさい
見たら停学にするからね」

「ははっ、ほんとめちゃくちゃだなお前。
おもしれえ」


大きな声を上げて笑うと
斉藤センセーは俺を見てため息を付いた。


「いったいどんな野郎かと思ってたら
まあ無理もないわね」

「だから、さっきから何の話だよ?」

「いい?
これから大事な話するから
しっかり聞いときなさい!」


意味わかんねぇとか思いながらも
大きな目でギロリと睨まれ
何となく口を閉じる。


「あのね、ホントに多いのよ
あんたのこと相談に来る女子生徒。
一年〜三年まで、それはもう幅広く。

だからいったいどんな奴だろうって
ずっと思ってた訳、
きっとナルシストで最悪の女たらしだろう
とか、実は思ってたりしたんだけど。

……で、今こうして実際会って
少しだけど話してみて思ったわけ。
ああ、これは納得だわって」


……なんて返していいか
わかんねぇんだけど。

顔を固める俺に向かって更に続ける。


「着崩した制服に、茶色い無造作ヘアー
その整った顔、程よく高い身長
これだけでももてる要素はばっちりだけど
おまけにその性格。

軽くてノリがよくて?
でもどことなくやさしい感じ?

妙な色気っていうかフェロモンも出てるし
男の癖に……。

普通に接するだけで
勝手に向こうが好きになっちゃうタイプね。
何もしなくっても
周りがよってくるでしょ?」

「……否定はしないけど」

「そうよ
変な嘘ついたら張り倒すから」

「マジでやりそう」


引きつる俺を見て勝ち誇った表情。
「まだ若いから仕方ないかもしれないけど
どうせフラフラと
軽い付き合いしてたんでしょ?
でもね遊ぶなりにも責任を持ちなさい。

自分が軽い気持ちでいるからって
相手もそうだとは限らないのよ。
影で泣いてる女の子も居るって事
忘れないで。

恋愛は人を魅力的にしたり強くもするけど
……時に狂わせたりもする。

別にあんたが女の子に恨まれて
刺されたりしたって
私は全然かまわないけど

いつかあんたが本気で好きになった子が
その対象になったりもするの。
その時後悔しても手遅れなんだからね」


やさしく諭すような話し方だけど
彼女の言葉は
俺の心にずしりと突き刺さった。


その時アキのまぶたがピクピク動き
「ん……」と声を上げる。


「そろそろ彼女起きるかしらね。
起きたらタクシー呼ぶから
送ってやんなさい。

あんたの担任には
うまいこと言っとくから」


こいつが生徒に人気あるの
すげえわかった気がする。


「色々サンキュー」


ぶっきらぼうに俺が言うと
彼女は立ち上がって偉そうに腕を組み


「あんたも、恋の相談があったら
いつでもここに来なさい」


とからかうような口調で言い
にっこりと笑った。