「“まだ”だろ」と言おうとしたけど
こんなの彼女を余計に
不安にさせるだけだと思って無言を返す。


「リョウだって
逆ナンとかされるでしょ?
今日隣歩いてたら
何回も綺麗めのお姉さん系の人
リョウのこと振り返って見てたし」

「別に俺は男だしさ」


気に入ればそれなりに答えるし
駄目ならやんわりと断るし。

主導権はいつもこっちにあるから
危険な目にあったことなんか一度もないし。


さっきアキが言ってた
“男に生まれたい”って言葉の意味を
改めて実感する。


「でもさ
今日何回かリョウに助けてもらえて
うれしかった。

自分でいろいろやらなくて良いんだ、
ああ楽〜、みたいな」


後半は冗談っぽく言うアキに


「それなら
これからも頼れば良いじゃん、俺に」

「駄目だよ」

「何で?」

「リョウといると
ぬるま湯につかったみたいに
甘やかされてる気がして

自分がどんどん弱くなっていきそうで怖い。
それに私リョウに何も返せない」


一瞬“歌を”って言葉が浮かんだけど
すぐにそれは違うと思った。

そんなんでこいつの声を手に入れても
何の意味もない。


「いいよ
お前が笑って過ごしてくれれば
俺はそれで」

「……そんなの
返すことにはならないよ」


少し泣きそうな顔で俺を見たアキは
その後どこからか聞こえてきた
サックスのメロディに
深く何かを考え込んだ様子で
耳を傾けていた。


それからは何も話すことなく
家までの道のりを進む。