キスなんて、女とする時のただの通過点で、「して」って女がうるさくねだる時は、黙らせるためだけにしてた。
特別な行為だなんてこれっぽっちも思ってなかったし、
自分からしたいと思うこともなかった。
……―――奈緒に逢うまでは。
あいつと会って、初めて自分からしたいと思った。
だけど、泣かせたくなかったから、我慢して……。
……我慢なんて、今までした事なかったのに。
傷つけたくないから。泣かせたくないから。
……それだけの理由でなんでもできるほど、奈緒の事だけが大切だった。
だから先週、ここでキスしようとした時、あいつが目を閉じたことが、すげぇ嬉しくて……。
俺の気持ちに、一生懸命に応えるあいつが可愛くて。
ずっと、大切にしたいと思った。
何があっても、守ってやりたいと思った。
「……どういう事だよ」
佐伯を睨みつけながら聞く。
静かな従業員室に、コーヒーが落ちる音だけが聞こえていた。