百合の身体の震えは止まらなかったが、思考は少し落ち着きを取り戻しつつあった。

「……え、駅員さんに話……とか、しなくてよかったのかな……」
隣に座る佐恵子に小声で話してみた。
佐恵子の整った端正な顔がゆっくり百合のほうを向く。

「話?何を?」

「あ、だから、その」

百合は説明をしようと無意識に手を動かそうとして、佐恵子に左手を握られていることに気付いた。
そして、その手が恐ろしく冷たいことにも気付いたのだった。

手元に落ちた百合の視線に気付き、佐恵子は手を離しながら言った。

「少し落ち着いた?顔についたのは取れたけど、服はクリーニングに出さなきゃダメね」

スーツを見ると黒い生地のところどころがさらに黒い色に光って見えた。

「ねぇ?」

佐恵子が囁いた。

「え?」

「なんで突き飛ばしたの?」

何を言われているのかわからなかった。

「何を……?」

「見たの、あたし」

佐恵子はさらに小声になり、百合の耳元に顔を寄せて言った。
「ホームから突き飛ばしたでしょ、高梨さん。あの女の人のこと……」

「突き飛ばした……?」