何が起きたのかわからなかった。

ブレーキ音が止むと、ホームは一瞬の静けさに包まれ、そして、女性の声なのか甲高い悲鳴と、異様な音に集まる人達でざわめいた。

百合は手で払った物の在り方を探すように足元を見回した。

赤黒い斑点が無数に出来ている。

―飛び込み


自分に降り懸かったものが、電車に飛び込んだ人の血だとわかると、百合は「ひゃあああっ」と声にならない声を上げ、血を振り落とすかのように腕を動かし続けた。

周りにいた人達も同じような叫び声を上げている。

「大丈夫?」

急に声をかけられ、パニックになっていた百合はさらに軽い叫び声をあげた。

佐恵子だった。

「あ……、あ、あ」

咄嗟なことで今日挨拶したばかりの佐恵子の名前すら出てこない。

「高梨さん、大丈夫?拭くわ」

佐恵子がバッグからポケットティッシュを出して、百合の顔を拭き始めた。

「あ……あ……」

身体がガタガタと震え出し、ありがとうの言葉も出ない。
佐恵子は手際よく百合の顔や服を拭いた。

現場には駅員が駆け付けてきて何かを叫んでいて、人だかりが出来ていた。

「行きましょう」

佐恵子が百合の腕をつかみ、歩き出した。

「ど、どこに……」

「いいから、早く」

百合の腕を離すと、今度は肩を抱えるようにして、強引に足早に歩き出した。

「外に出るのよ」

佐恵子に言われ、何が何だかわからないまま、百合は入ってほんの10分もたたない改札をまた通り、外に連れ出された。

「送るから」

タクシーを止めると、百合を押し込むように乗せ、自分も乗り込んだ。

「どこ?」

「えっ?」

「家、どこ?」

「あ、N町……」

「運転手さん、N町まで」