「運動には丁度良いんだもん。引退する前には自転車だったけど、鈍っちゃうし」
カーテンの隙間から暖かい光が漏れ出ている。中ではきっと、仲の良い夫婦が1人娘の帰りを今か今かと待っているのだろう。
「ご両親が心配してるかもな。早く入って安心させてあげれば?」
「あ、うん。じゃあ、また明日ね」
「あぁ。おやすみ」
「おやすみなさい」
美月がドアの奥に消えてしまうまで見送ってから、俺は大きな通りへと出た。
視界にちらつくネオンが鬱陶しくて、俯き加減に歩く。歩道に置かれた放置自転車の間をくぐり抜けて、香水の香りを撒き散らす大人達を避けて、車の騒音をイヤホンから流れるショパンの調べで掻き消した。
白石に蹴られた膝が、曲げる度に微かに痛む。恐らく、痣にでもなっているのだろう。
あれからも彼女は山下と学校の見回りをしたのだろうか。あの雲1つない青空のように人の心を鷲掴む笑顔を、アイツに向けたのだろうか。
家の鍵を片手で取り出しながら、俺は髪を掻き回した。
「……俺も、大概バカだな」
自嘲気味に呟いた言葉が闇に吸い込まれて消えていく。
気が付けば、白石の事ばかりを考えるようになっていた。