「……医者には、多分、なりたいんだと思います。今更進路を変えたいとも思わないし、他の職業に惹かれているわけでもないし。ただ」

分からないんだ。『夢』だとか『希望』とかそういう事が。

今まで明確な意志など自分に無かったから、こんな事を思い始めてしまった自分が分からない。

「……そうなんだ。未来の自分ってのを、考え辛いって感じ、なのかな?」

医者になってからの自分はどんなかと、考えてみようとしたことは幾度となくあった。

でも、ぽっかりと穴が空いたようにそこには何もなくて、深い闇が広がっているだけだった。

姉や兄は、毎日がとても有意義そうだ。……自分がそうなれるとは、思えない。

「まずは、なりたい自分っていうのを探さないとね。そんなに何年も先じゃなくても良いから、例えば今日1日はこういう自分でいよう、明日はもっとこうしようって。そんなちょっとした事でも、きっと、将来自分はこうなりたいって思う事に繋がるんじゃないかな?」

「……なりたい自分?」

こうでなければいけないと、そう言ってくる他者のような自分は存在したが、今まで自分自身がこうありたいと思ったことは無かったような気がする。結局俺は、もう一人の自分に遠隔操作されている操り人形かなにかのような物でしかなかったのかもしれない。

俺が授業をサボるのも、操り人形が必死になって命令に逆らっているようなものなのだろうか。

手の中で中身を失って冷えていくカップをテーブルに置いて、俺は顔を上げた。

「夢が出来るっていうのは、実は凄く難しい事なんだよ。……チャンスは沢山あちこちに転がっているんだけど、なかなかそれに気づけない。まずは『今』の自分が満たされていないと『未来』の自分のことを考える余裕なんてないし……そう、だからきっと、夢がある人っていうのはとっても幸せな人なんだよね。そうだ、高橋君は、趣味とかあるのかな?」

つらつらと喋り続ける彼女はシュークリームの上蓋を外し、クリームを掬いながら笑いかけてきた。相談者よりも喋っているカウンセラーというのは、どうなのだろうか。本当にカウンセリングになっているのかが、失礼ながら些か疑問だ。