「悪い、俺ちょっと用事できた。やっぱ帰るわ」

美月が人混みに悪戦苦闘している間に、俺はにこりと微笑んで宏にそう告げた。上手くやれよ、と口を動かすと、彼は焦ったように短く息を吸い込む。

俺がいたら彼は満足に彼女にアプローチできないのは目に見えているのだ。邪魔者は退散するに限る。

あ、あ、と意味の無い言葉を発しながら、どんどんと表情が強張っていくのがはっきりと見て取れた。なんだ、そんなに2人にされるのが怖いのか?

「じゃあな」

俺を求めて伸ばされた手が何だか可笑しくて、笑いながら駆け出した。いやはや恋のキューピットになるって、こんなにも気持ちの良い事なのか。気分が晴れ晴れして、ミントのように清々しい空気が胸をいっぱいに満たすようで。


駆けて


駆けて



駆けて




駆けて















立ち止まる。
階段を2段とばしに上がって来たせいか、肺が空気を求めて激しく喘いだ。麦わら帽子を外し、オレンジのギンガムチェックのリボンが巻かれたテディベア。ドアに掛かったcloseの文字。