「よっ。お疲れさん」
不意に左肩をぽんと叩かれ心臓がリズムを崩したが、頭がその声の主を認識した瞬間にいつもの穏やかさを取り戻し始める。嫌に思わない程度の柑橘系のフレグランス、少し歯切れの悪い舌足らずさを感じさせる低めの声。
「いきなり肩叩くなっていつも言ってるだろ」
「そんな固いこと言わなぁい。いいじゃんよ、可愛らしいスキンシップだろ?」
へらへらと隣で笑う宏に溜息を1つついて、俺は靴箱から履き慣れて擦り切れてきたスニーカーを取り出した。興奮したままグラウンドへと急ぐ波に流されるのに任せて、外へと出る。幾分か涼しい風が頬を撫でた。
「後夜祭、出るんだ?」
余り物のサンドイッチやらスコーンやらを、腕から提げたビニール袋から取り出しては口に運ぶ彼を何となしに見ていると、小首を傾げて口元まで食べかけのサンドイッチを持ってこられた。
「出るつもりは無かったけど。ただ人の波に流されただけ」
言わずもがな彼のビニール袋から新しいサンドイッチを拝借して咀嚼しながら、ざわめくグラウンドの中心付近まで人を避けながら進む。どうやら開始時間が迫っていたようで、丸太を規則正しく積んだキャンプファイヤーはもう点火されていた。