「少なくとも、俺は忠犬ちゃいますよ?」


先ほどボディーに喰らった一発もあり、ぶっちゃけ呼吸するのもやっとやったけど。


言った瞬間、立ち去ろうとしていた彼は足を止め、そして顔だけでこちらを振り返り見た。


嘲笑うような瞳と、滑稽だとでも言わんばかりに持ち上げられた唇。



「遺書、書くか?」


国光さんは、へらへら顔を崩さなかった。


見てて苛立つほどにくちゃくちゃとガムを噛みながら、「犬に字は書けないでしょー。」なんてことを言っている。


俺らがどんなに命削ったところで、これが現実やった。


この人に噛みつくなんて結局は不可能やし、俺らはいつかきっと、嶋さんに殺されるんやろうとも思う。


だからこそ、“大事なもの”も“愛する人”も必要ないねん。


清人は多分、心を疲弊させてまで考えるほど、レナちゃんのことが大切なんやと思う。


もしかしたら死んでしまった花穂ちゃん以上なのかもしれないけど、それが余計に心配になる。


アイツが一番この現実を理解してるはずやのに。


なのに何で、そこまでするん?


何も知らない、何の関係もない、あんなただの女やで?



「しょうがないよ。
銀二はただの、躾もされてない雑種の野良犬だったんだから。」


国光さんがそう言うと、嶋さんは笑いながらきびすを返した。


立ち去るふたり分の足音を聞きながら、俺は苦々しさに唇を噛み締める。


理乃の顔が無性に見たくなって、でも出来なくて、結局はまた、レイコさんちに向かった。


大事であればあるほど、距離の取り方がわからんくなんねん。