「大した変わりはない、って?」


そう、と言ってレイコさんは、煙草を咥えた。


それから珍しく、壁掛けCDプレイヤーからいつものジョン・レノンを取り出し、ビッグバンドらしきジャズのそれを入れる。



「俺さ、聞いたことあるんやけど。
自分が死んだ時にどれだけの人が泣いてくれるかで、生きてた時に幸せやったかどうかが決まるんやて。」


馬鹿な子、と彼女は返した。



「何故他人に、自分の人生の価値を委ねなきゃならないの?
例えあたしが死んで泣く人がいなかったとしても、ジョン・レノンの曲とブラックのコーヒーがある人生は、幸せよ?」


「レイコさんが“幸せ”って単語使うん、初めてちゃう?」


そうだったかしら、と言いながら、彼女は眉山を上げて見せた。



「あたしはね、死んだらジョン・レノンに会いに行くのよ。」


「それは死ぬことに対しての夢?」


問うと、レイコさんはクスリと笑った。


追及しすぎると、いつもそんな笑みに誤魔化されてしまう。


そしてそれは、“これ以上聞くな”のサインでもあるんやろう、俺は肩をすくめた。



「やめようで、こんな話。
俺は誰かが死ぬのなんかもう見たくないねん。」


寒すぎる冬の夜やった。


何でレイコさんが、こんな生きる希望に満ちてるみたいな音楽を選んだのか、またひとつ謎が増えた。


苦すぎるコーヒーの味は、まるで人生そのもののようやね。