明衣は教室に入ると、いつものように美帆子の元に向かった。
美帆子は町の音楽祭が近いとかで、朝から楽譜に何やら書き込みをしていた。
「めんどくさ〜。あたしバスクラの書き換えしなくちゃなんなくてさ」
バリトンサックスという、美帆子の外見には似合わないバスパートの楽器をやっており、同じバスパートの楽器の書き替えをすることもしばしばらしく、時々楽譜を見せられ手伝うように言われたが、五本の線の上に並んだお玉杓子のようなそれを解読するのは不可能だった。
だから、大変なんだな、程度の認識しか無かった。
明衣は、どうせ依頼も無いだろうからと、演奏会のチケットを貰う。
「今回は先輩が一杯ソロ吹くし。つーかバリサキにソロが回ってくる方が珍しいけど」
「そうなの?残念」
「aucの皆で来たら?暇なんでしょ?」
「それ、意外と傷つく」
美帆子の発言に明衣は苦笑する。
「憧れの楡先生にも見てもらいたいって、先輩がうるさいから…明衣なら仲良いだろうからってさ」
「良くねーよ」
そう言いながらも、何だか自分が良いように扱われている気がして、少し嫌になった。