基は、歯をギリリと食い縛り、腕を振りほどこうと藻掻いた。
「うるせェ!アンタなんかに関係ねェよ!」
「誰を殺すつもりだ?」
楡の抑揚の無い声に、基は息を呑んだ。
表情は相変わらず、能面のように変わりはしないが、威圧感が基を支配した。
そんなに強く掴まれていないはずなのに、腕を動かすことが出来ない。
風呂に入るまでは蒼かった楡の瞳が、今は血が滴るような紅い色に変化している。
「さっき、デカイ声で殺してやる、って叫んでたろ。そういう危ない発言やめてくれない?ヒヤッとするから」
ナイフまで持って、本格派だし。
楡は溜息を吐いた。
基は何故か悔しくなって、思い切りナイフを振りかざしながら楡を突き飛ばし、叫んだ。
「アンタなんかに何がわかんだよ!アイツは殺したんだ!俺の親父と母ちゃんを、たった五万円ぽっちの為に、殺したんだよォォォ!!」
「……っ…」
息が乱れるほど叫んだ基は、楡の腕に血が滲んでいるのを見て、ナイフを手から滑り落とし、しゃがみこんでしまった。
楡はそんな彼を見て、ナイフを拾った。
「こんな掠り傷程度の血にビビってるようじゃ、人殺しなんて無理だな」
楡の瞳は、冷たいブルーグレーに戻っていた。