バスの中はサラリーマンとかOLとか、学生とか、すでに乗客がいっぱいで座る場所がない。
私はドア近くの手すりにつかまって立つ。
ソラは、通路に進んで立って、バスの天井からぶら下がっている吊り革につかまる。
キラはそんなソラについていって、ソラの腕をしっかりつかんで立つ。
2人は、私から少し離れた場所で、ずっとずっと話をしている。
これも、いつものこと。
2人はとってもよく似ている“双子”。
誰が見ても、どこからみても、仲のいい姉弟なのだ。
まさかこの2人が、禁断の恋をしているなんて
私以外、
誰も知らない……
バスに揺られること20分。
バスはまず、あたしとキラが通う女子校の前に着く。
「じゃーね、ソラ」
ソラが通っているのはもう少し先の共学の進学校。
あたしたちはソラを残して先にバスを降りる。
「ああ、またなー」
ソラは、キラに手を振りながらそう言ったあと、
まるでついでみたいな言い方で、私にも言う。
「美夕も。 またなー」
ホントは、美夕「も」っていうのが気に入らない。
でも、あたしはそれでも嬉しくて、
「うん、またね」
って返事をしながら、ソラのすぐ横を通って降車ドアへ向かう。
狭い通路だから、一瞬、ソラの腕や胸があたしの体に触れる。
……そのたびに、あたしはドキッとするんだ。
そして祈らずにはいられない。
「このドキドキが、どうかソラにばれませんように」って。
──あたしはソラが好き。
だけど、この気持ちを知られるわけにはいかない。
だって、ソラはあたしの親友・キラの、弟兼恋人。
あたしは、
そんな2人の関係を知っていて
そんな2人を応援している、
たった1人の「よき理解者」なのだから…………
バスを降りると、キラはバスが見えなくなるまでずっとソラを見送る。
そして、その横であたしも。
バスが見えなくなると、キラはため息をついた。
「はあ……っ」
「どうしたの? キラがため息なんてめずらしい」
「うん……ちょっとね……」
キラはなんだか迷いを拭い去ろうとするみたいに、頭を左右に振った。
そして、両手で、乱れた髪をひとつにまとめる。
その仕草に、あたしはドキッとした。
キラの頬にかかっていた髪がなくなると、その輪郭がはっきりと現れて。
一瞬、ソラに見えちゃったんだ。
……だって2人は、
眉毛も、瞳も、
頬も、鼻筋も、唇の形も。
耳の下から顎にかけてのラインまで。
何もかもが、そっくりなんだもん……。
あたしたちは校庭をだまったまま歩いた。
キラはなんだかずっと考え事をしていて、いつもの明るいキラらしくない。
……バスを降りるまでは、いつもと変わらない様子だったのに。
そんなキラが口を開いたのは、玄関に着いたあとだった。
あたしたちはクラスも一緒だ。
なかよく並んだ靴箱に靴をしまいながら
「ねえ、美夕。お願いがあるんだけど」
そう言ったキラの声は、少しだけ震えていた。
「なに?」
「あのね……」
キラは周りをキョロキョロ見回して、誰にも聞かれていないことを確認してから、こう続けた。
「美夕、お願い! 私からソラを奪って!」
キラの目は、すごく真剣だった。
最初は冗談だと思った。
「……なに冗談言ってるの?」
……っていうか、こんな話、本気だなんて思えないよ。
いつも、2人にからかわれてばかりのあたし。
だから今回のことも、いたずらなんだろうって思うのが普通でしょ?
だけど、キラの目にはみるみる涙がたまっていった。
「本気だよ」
キラの目から、大粒の涙が零れ落ちる。
「もう……こんな報われない恋、いい加減やめなきゃいけないって思うんだ……」
「キラ……」
「こんなこと、美夕にしか頼めない……」
あたしだって、そんなこと頼まれても困っちゃうよ。
……だけど、泣いてるキラを前にして、そんなことを言えるわけがなくて。
「もう少し、話を聞かせて?」
あたしたちは、
靴箱にしまった外靴をもう一度履きなおすと、
そのまま学校を後にした。
制服姿のままで地元の街を歩くのは、なにかと面倒くさい。
あたしたちが住んでいるのは、どちらかというと田舎町。
こんな時間にブラブラしていたら、
あっという間に小さなころから顔見知りのおじさんやおばさんに見つかって、
間違いなく
「キラちゃんと美夕ちゃん、学校はどうしたの?」
って余計なおせっかいをやいてくるのは目に見えている。
……あたしたちは、結局、キラの家に帰っていった。
家の鍵はあいていた。
「パパとママ、帰ってるみたい」
だけどキラは「ただいま」も言わずに家へあがる。
キラの両親も、リビングにいるはずなのに、黙ってその場を横切るキラに声をかけようとしなかった。
「美夕も、早くあがって」
キラはこっちを振り返ってそう言うと、
キラとソラの部屋がある2階へ先に消えてしまった。
「おじゃましまぁす……」
あたしは小さく呟いて、そんなキラのあとを追いかけた。
キラの両親は、隣町でダイニングカフェバーを営んでいる。
営業時間は夕方から早朝まで。
キラとソラが生まれた頃は小さな店構えだったそのお店は、
次第に評判になり、
テレビや雑誌の取材が来るほど人気が出て、
気づけば5店舗も姉妹店をもつ、有名なカフェバーになっていた。
だから、忙しい両親のかわりに、
キラとソラは家政婦さんに育ててもらった。
その家政婦さんも、夕食の支度を済ませると自分の家へ帰ってしまう。
キラとソラは、年中無休で働く両親と、一度も夜を過ごしたことがないという。
……いつも2人きりで食べる夕食。
どちらかが熱を出すと、看病するのはもう一方だった。
台風の風や地震の振動に怯えて、2人抱き合って泣いた夜もあったという。
…………小さな頃から、2人は、助け合って生きてきた。
広い家に、ふたりぼっち。
そこには、2人だけの世界があった。
そんな2人が、相手を求めるようになったのは、
当然のことだったのかも知れない……。
キラの部屋は、綺麗に片付けられていた。
そのなかで、ベッドのシーツだけが、思いきり乱れている。
ベッドの下にはくしゃくしゃになった2人分のパジャマ。
『キラが寝かせてくれないから』
今朝のソラの言葉を思い出して、あたしは目のやり場に困った。
キラは、テーブルの上に、コンビニで買ってきたジュースとお菓子を並べながら言った。
「美夕は、徹先輩とどうなってんの?」
徹先輩って言うのは、あたしの憧れの人。
中学のときから、ずっとずっと好きな人。
……ソラの次に、ね。
「別に、どうにもなってないよ」
「だって、告白したんでしょ?」
「したけど……」
告白したのは、1ヶ月前。
だけど、返事は聞いていない。