スボンと一緒にショーツを下ろして、あらわになったあたしの腰回り。
立ったまま、少し贅肉のついたその箇所にコンパスの先を押し当てると、腕のときとは比べものにならない痛みがした。
何これ。
すっごく・・・痛い・・・・・・。
恐る恐る、自分の肌の上にコンパスの先端を滑らせてみた。
だけど、それはあたしの憎らしい脂肪に埋もれて、うまく動いてくれない。
少し進んですぐに止まる、の繰り返し。
一度目は、怖くて表面をなぞるだけだった。
だけど、こんなのじゃ、何も残らない。
あたしは覚悟を決めて、ぐっとコンパスを持っている手に力を入れた。
「うっ・・・」
歯を食いしばっていないと、その痛みに負けて悲鳴を上げてしまいそうになる。
二度目に刻んだその名前は、ほんのすこしだけ赤いミミズ腫れになっただけだった。
こんなの、明日になったら消えてしまう。
・・・まだ、足りない。
あたしの想いは、こんな軽いものじゃないはずだ。
あたしはもう一度、コンパスをぎゅっと握ると、
もう片方の手で、動くおなかのお肉を押さえつけ、
親指と人差し指を広げてめいいっぱい皮膚を引っ張りながら、
もう一度、ゆっくりと、その名前を刻んだ。
同じ場所を重ねて傷つけられたあたしの皮膚。
コンパスが通った後からは、じわじわと血が滲み出ている。
あまりの痛さに、涙が出た。
歯を食いしばっていても、悲鳴をあげてしまった。
だけど、あたしは、泣きながら、最後まで名前を彫った。
何度も、何度も、
心の中でその名前を繰り返し叫びながら。
そしてコンパスをゆっくりと肌から離すと、
そこには、
血まみれで、とっても不細工な、
《ソラ》
っていう文字ができあがっていた。
その日の夜は、傷つけた跡が痛んで寝付けなかった。
冷たく冷やしたタオルをぎゅっと押し当てて、
熱く腫れ上がったその箇所を冷やす。
あっという間にタオルは熱くなっていった。
だけど、あたしは満足していた。
一生・・・とまではいかなくても、当分は残りそうなこの傷。
それはあたしがはじめてソラへの気持ちを態度に出した証だった。
あたしはきっと、この傷が消えるまで、
ソラのことを忘れられないだろう。
明日から、
あたしは、
ソラをだますために。
あたしは
ソラを「好き」になる・・・
朝、あたしは昨日の傷の痛みで目を覚ました。
傷跡を見ると、それが文字だとわからないくらい赤く腫れ上がっていて。
まだ熱を持ったその傷口は、悲鳴を上げているみたいに脈打っていた。
あたしは冷蔵庫にあった冷えピタを四等分に切って、
傷口の周り、上下左右に貼りつけた。
傷口は、息を吹きかけただけで激痛が走るほど敏感になっていて、
冷えピタを直に貼るなんて、到底できなかった。
食欲がなくて、朝ご飯も食べないまま家を出る。
歩くたびにショーツが動いて傷口を擦るから、
あたしは泣きそうになった。
バス停に着くと、そこには珍しくソラの姿があった。
ソラはあたしに気がつくと、
「美夕、おはよう」
と笑顔で迎えてくれる。
だけど、今日は、いつも隣にいるはずのキラの姿がなかった。
「……キラは?」
「歯が痛いんだって。歯医者に行ってから学校に行くらしいよ」
そう言ってしかめっ面をするソラは、まるでキラとその痛みを共有しているかのようだった。
……だけど、それはきっとキラのウソ。
歯が痛いなんて、お芝居だ。
キラは、あたしとソラを2人きりにさせようとしたんだ。
なんとなく、そんな気がした。
バス停のベンチに2人並んで腰掛ける。
「なんか久しぶりだな、美夕と2人で学校行くの」
「そうだね」
最後に2人で通学したのはいつだったかな?
キラが風邪をひいて学校を休んだときだから……
「去年の冬だったよな、キラがインフルエンザにかかった時だから」
ソラは、しっかり覚えていた。
あたしと一緒に学校へ行ったことじゃなくて、
キラの具合が悪かったことを。
ソラの記憶は、全部キラ基準。
「どうした? なんか元気ないけど」
ソラがあたしの顔をのぞき込んだ。
「ううん、別にっ!」
あたしはそんなソラにドキッとして、思わず目をそらしてしまった。
バスがバス停に止まると、ソラはいつものように先にバスに乗った。
そしてこれもいつも通り、通路へと進む。
あたしは、その後に続いて、入り口近くで立ち止まった。
「美夕、おいで」
ソラは、そんなあたしの腕をぐっと引っ張って、あたしを通路へと引き寄せる。
「話し相手になってよ、俺の」
ソラは、そう言いながらあたしのバッグを取った。
「えっ?」
「美夕、今日具合悪そうだから、持ってやるよ」
「でも……今日、辞書入ってるから、重いよ?」
「大丈夫。俺、美夕よりは力あるし」
そう言って、ソラは笑った。
「あ、ありがとう」
あたしはソラの横にいるのがなんだかとっても照れくさくて、
バスに乗っている間、ずっと下を向いていた。
ソラはどっちかというと小柄な方で、
身長は170ちょっと。
一方のキラは、女の子としてはかなり背が高くて、
165センチを超えている。
だから、そんな2人が並ぶと、ほとんど同じ背の高さ。
それがまた、
お似合いというか、
がっちりはまっちゃってるというか、
とにかく、そこにはあたしなんかが簡単に入り込めない2人だけの世界があるんだ。
キキキーッ!
そんなブレーキ音を立てながら、バスが急カーブを曲がろうとして、あたしは思わずバランスを崩した。
そんなあたしを、両手のふさがっているソラは、胸で受け止めてくれた。
「あぶね……」
「ソラ、ごめんっ!」
慌てて離れようとしたあたしに、ソラは言った。
「いいよ、このまま俺につかまってて」
そんなソラの無邪気な笑顔が、とても苦しい。
あたしは、
「ありがとう」
って、震える手でソラの腕をぎゅっとつかんだ。
「……あれ、美夕、香水変えた?」
「えっ?」
「気のせいかな? 今日の美夕、いい匂いがするんだけど」
ソラはそう言うと、前屈みになってあたしのうなじに自分の鼻を近づけてきた。
「ひゃっ!」
ソラの息が首筋にかかって、あたしは思わず変な声を上げてしまう。
「なんだよ、その声」
ソラはおもしろそうに笑っていた。
「……だって、くすぐったいんだもん」