……誤解?


ソラは、あたしがその言葉に引っかかって

今にも止まりそうな速度でしか歩けなくなってしまったのにも気づかずに、


1人で先を歩いていた。



「じゃあ、俺はここで。また明日な」

ソラ達の家の少し手前まで来たところで、

ようやくソラがあたしの方を振り返る。


「……美夕?」


あたしの強ばった顔を見て、ソラがひとつため息をついた。


「ごめん……悪かったよ」



その言葉がとっても面倒くさそうに聞こえたのは、


単なるあたしの僻みなのかな……



あたしはそんなソラの態度にイライラして、

腹が立って、


思わず叫んでしまった。




「あたしたちって……何なのっ!?」




──しばしの沈黙。

しばらくして、そんな沈黙を破ったのは、ソラの方った。



「美夕はズルいよな」

「え?」

「俺をスキなのはウソだって言い張って、本気で俺と向かい合おうとしてくれないくせに。……そういう文句だけは言うんだ?」



ソラは、あたしの方をまっすぐに見つめて、続けた。



「俺は、今日、覚悟決めたけど。……美夕は違うんだろ?」




あたしは、

何も言えなかった。



それはあまりにも意外な言葉で。

あたしの頭では、それがどういう意味なのか理解できなくて。



ソラに「どういうこと?」って聞きたかったけど、

あたしの返事を待って真剣な表情をしているソラには

どうしてもそんなこと聞けなくて。



ソラは「……もういいよ」ってため息をついて、

身動きの出来ないあたしに横顔を向けた。

そして、一言。



「美夕には先輩がいるもんな」




その時、

あたしたちを照らしていた月は、

流れの速い、分厚い雲に、その姿をすっかり隠されてしまって、



あたりは再び闇に包まれた。




ソラ。

あなたは今、どんな表情をしているの?


あたしには、さっぱり分からないよ…………










「……帰る」


ソラがあたしに背中を向ける。

そして、ピシャッ、パシャって水の跳ねる音をたてながら歩き、

一歩、また一歩とあたしから遠ざかっていく。


そんな足音が、あたしの耳と胸に響いてきた。



「……それと」


ソラが立ち止まって、あたしに言う。



「明日からも、また、今までと同じ態度とるから。気ぃ悪くしないで」

「……どうして?」



なんだか、嫌な予感がした。

あたし達の間の重い空気は、更に重くなっていく。




ソラは、あたしに背中を向けたまま、言った。



「多分、キラは全部気づいてる」



そして、最後にもう一言。

それは苦しそうに、声を絞り出すように。



「俺はもう、キラの前で、美夕と友達のフリなんて出来ないんだ」





こうしてソラは、

そのまま、あたしの言葉を待たずに


キラの待つ家へと帰っていった…………







あたしは1人で家へ向かって歩いていた。

なんだか頭がボーっとして。

スカートは足にはりつくし、靴の中は濡れて気持ち悪くて、

あんなに早く帰りたいって思っていたはずなのに……

変なの。

あたしは、止まってるんだか動いてるんだか分からないくらい、ノロノロと歩いていた。



……ソラの言動は、なにもかも、訳わかんない。




『俺は覚悟決めた』って、何なのよ……。


『先輩がいるもんな』って、よく言うよ。

自分だって、キラがいるのに。


さっきまであたしと手を繋いでいたくせに、

今頃、家に着いたソラは、

あたしに触れていたその手で、笑顔で出迎えるキラを抱きしめるんだ。



それなのに、



なんで、あたしだけ、責められないといけないのよ……。







それと……

帰り間際のソラの言葉。



『多分、キラは全部気づいてる』



……あたしにとって、それが一番ショックだった。



気付いているって、何を? どこまで?



確かに、あたしがソラにウソの告白をしたあと、

キラは、ソラがあたしを意識しているんじゃないかって疑っていた。



だけど、そうは言ってもキラは余裕たっぷりで、

そんな状況を楽しんでいるようでもあって、



本気で気にしているようには見えなかった。



……ソラがこの2週間あたしを避け続けていた理由に、キラのことが関係あるんだとしたら……



あたし、明日、どんな顔をしてキラに会えばいいんだろう。

朝、いつもみたいに笑って2人に「おはよう」って言えるのかな?




そんなの、絶対無理だ。










家に帰って、びしょ濡れになったカバンから携帯を取り出すと、そこにはたくさんの着信履歴。


メール 2件
不在着信 22件


その不在着信の多さにドキッとしながら、

あたしは、先にメールを確認する事にした。


まずひとつめは……先輩からだった。


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明日は晴れるといいね。

おやすみ

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着信時刻から見ると、あたしが学校を出る前に送ったメールの直後だった。

先輩……苑ちゃんに何も聞いていないのかな。



そして、もう1件のメール。

それはキラからで、時間は30分ほど前だった。


……あたしが、ソラと歩いていた時間だ。


====================

美夕、電話に出ないけど忙しいの?

もしかして先輩とデート中かな?

明日、話を聞かせてね。

私の話は急ぎじゃないから、返事はいらないよ!

====================


そして。

なんとなく胸騒ぎがして、着信履歴を確認すると……




数分おきに、22件。



それは、全部、キラからのものだった。











なんで?


なんであたしは、

あんなことがあったって言うのに、


次の日の朝も、

同じ時間に家を出て、

先にバス停について、


いつものように2人のことを待っていられるんだろう……



案外あたしって神経図太いのかな?




あたしは、自分で自分のことが怖くなるくらい冷静だった。


昨日一晩、眠れずに

「どうしよう……」って悩んで、

キラを騙すためのウソをあれこれ考えてみたり、

逆に、

正直に本当のことを話すシミュレーションまでしてみた。


だけど。

どうしても「これがいい!」っていう答えは見つからなくて。



結局、どうしていいか分からなくて、あたしは開き直っちゃったんだ。



きっと、なんとかなる。


朝、ソラの顔を見たら、

何か答えが見つかるんじゃないかって、



……簡単に思っていた。





バスが到着する定刻。


「おはよーっ!」


キラは、いつものように、

面倒くさそうに歩くソラの手を引きながら歩いてきた。


その笑顔は、昨日までと何の変わりもなくて、

あたしは思わずホッとした。



あたしは、キラに気づかれないように、

顔をキラに向けたまま、

一瞬だけ、横目でソラの顔を盗み見た。


ソラは昨日までと全く同じで、あたしのことなんて完全無視。


だけど、そんなソラの態度が、逆にあたしを安心させた。



……そうだ。

あたしはソラに、顔も合わせてもらえないほど嫌われているんだ。

だから、昨日だって、

ソラとあたしが一緒にいたなんて、絶対にあり得ないことなんだ……。



「美夕、昨日は何度もケータイならしてゴメンね! デートの邪魔にならなかった?」

「うっ、ううん、大丈夫っ!」


『デート』っていう言葉を、あえて否定せずに、

あたしは、ぎこちなかったけど、キラに精一杯の苦笑いを返した。


「あー、よかったぁ!」


そう言って安堵のため息をついたかと思うと、キラはソラの顔をのぞき込んだ。


「いいよねーっ、美夕と先輩は仲良くて!」


声高にソラに話しかけるキラは、いつもよりテンションが高くて、



……やっぱり、何かが違っていた。