そんなあたしの言葉に、先輩も

「あっ、ゴメン!」

って、慌ててその手をあたしから離す。

先輩は、決して無理強いしなかった。



……なんか、気まずい空気があたしたちの間に流れた。


「ごめんね……なんだか俺、止まらなくなって」

ばつが悪そうに頭をかきながら、先輩は何度も謝ってくれた。

「いえ……」

あたしも、恥ずかしくて先輩の顔がまともに見れなくて。


「今日はもう、帰ろうか……」


そう切り出したのは、先輩だった。







先輩は原チャリに座ると、メットをかぶる前にもう一度あたしに軽いキスをしてくれた。

そして、

「怖がらせちゃったらゴメン、ちょっと急ぎすぎたね」


あたしの頬に手を当てて、少し不安そうに聞いてくれる。


「もしかして……嫌いになった?」

あたしは何度も首を横に振った。

それは、嘘じゃなかった。


「よかった」

先輩はホントに嬉しそうに笑うと、メットを被って、

「また明日ね」

って言い残して帰って行った。




そして……。

先輩が見えなくなるまでその姿を見送った後、


あたしはその場に座り込んでしまった。




まだ、心臓がドキドキいっている。

ずっと我慢していた涙もあふれた。



先輩にキスされたのも、抱きしめられたのも、イヤじゃなかった。


だけど、

……先輩に腰の傷のことを知られるかも知れない。


そう思った途端、体が固まってしまった。


先輩に軽蔑されるんじゃないかって、怖くなった。



そして、それと同時に、脳裏にソラの顔が浮かんでいた。




……先輩、ごめんなさい。




これから、あたしは、

『キラのお願い』をきくために、ソラに会いに行くんだ。




あたしね、


放課後、先輩を待ちながら、


ソラに会うために、


あのムスクの香水をつけていたんだ…………
















キラたちの家には鍵がかかっていた。

あたしはチャイムを鳴らして、ソラの返事を待った。


……放課後、キラはクラスの女の子達と遊びに行った。

それはもちろん、あたしがソラから「しない理由」を聞き出すための時間稼ぎ。


……だけどあたし、ソラに何て聞けばいいんだろう?



なんとなくチャイムを鳴らしてはみたものの、そこから先のことなんて何も考えてなかった。

なるように…………なるんだろうか?


戸惑っていると、ドアの鍵が開く音がして、

中から長Tに短パンというラフな格好をしたソラが顔を覗かせた。


「キラはいないよ」

無愛想にそう言うソラ。


「だったら、帰るまで書斎でマンガ読んで待たせてもらっていい?」


あたしはとっさにそう言って、半ば強引に家の中へと入っていった。






あたしは宣言通り、まずは書斎に入っていった。

たくさんのマンガ。

ホントは今すぐにでもそれを手にとって読みたいけれど、今日は無理っぽい。

あたしはカバンと上着を部屋の隅に置いて、ひとつ大きな深呼吸をした。



書斎を出ると、すぐ隣はソラの部屋。

あたしが軽くドアをノックすると、

ソラはそれが分かっていたように、

「どうぞ、開いてるよ」

ってすぐに返事をした。



どうしよう……。


あたしの心臓は、

あたしの17年の人生の中で、


もっとも激しく、もっとも大きく、

まるで叫び声でもあげているかのように、


激しい鼓動を刻んでいだ。






ドアを開けると、ソラはこの前と同じようにベッドに横になっていた。

違うのは、今日は確実に目を覚ましていて、雑誌を読んでいるということだけ。


「ちょっと、話があるんだけど……いいかな?」

「どうぞ」

そう言うとソラは、視線を雑誌からあたしに移した。



「あのね……キラと、うまくやってるの? ほら、あっちの方とか……」



言ってからすぐに後悔する。

もっとこう、オブラートに包んだ、やんわりとした言い方ってものがあっただろうに。


「どうしていきなり、そんなこと聞くわけ?」

「うん……何となくだよ。特に深い意味はないんだ」


あたしがそう言うと、ソラはクスリと笑った。



「美夕は嘘をつくのが下手だよな」


ソラは腹筋を使って上体を起こすと、あたしの顔を見たままこう言った。


「どーせ、キラに頼まれたんだろ?『どうして俺がいつも途中でやめるのか聞いてくれ』って」

「……え?」

「聞きたいなら、教えてやるよ。だけど……美夕は本当に聞いても後悔しないか?」

部屋を、ピリッとした緊張が支配した。

「うん……聞きたい」


あたしがそう言うと、ソラは意地悪くフッと微笑んだ。


そして、



「簡単だよ。あれ以上やると、俺、間違えてキラのことを美夕って呼びそうだから」



「え?」

ソラは、そんなとんでもないことを言った。





「思い出すんだよ、あのときのこと」

ソラがベッドにゆっくりと腰掛けると、

その傍らに立っているあたしと、向き合う格好になる。

あたしは何故か一歩だけ後ずさりした。


そして、動揺を隠しながら、笑って言った。

「ばっ、バカじゃないの? あんな傷なんて、すぐに消えるんだよ?」

「あんな、なんて言うなよ」

「言うよ!」


「……それに、あの傷だけじゃないから。俺が思い出すのは、美夕が震えながら、顔隠して、泣いてたことだから」


ソラは両手で頭を抱えて、さらに続けた。


「お前……俺をこんな気持ちにさせんなよ」


頭をかきむしるソラは、すごく苦しんでいて、

あたしはそんなソラから目が離せなかった。



「キラが大事なことに変わりはないんだ。それは恋とか、そんな簡単なもんじゃなくて、俺たちは相手がいないとダメになる……それは一生変わらない……」


ソラから初めて聞かされる、冗談抜きの本音。

あたしの胸がズキンと大きく痛んだ。



「……知ってるよ」


あたしがそう呟いた後、しばらくあたし達の間には沈黙が続いた。









そんな沈黙を破ったのはソラだった。

「美夕、あのとき言ったことは、どこまで本気だったんだ?」

「え?」

「俺のことどう思ってるのか……1回でいいから、本心聞かせて」


そう言ってあたしを見つめるソラは、ものすごく真剣な表情をしていた。


「一度でいいから。……それで忘れろっていうんなら、忘れるから」




……あたしの、本心?



そんなの決まってる。

あたし、すごく嫌な子で。

さっきまで徹先輩と一緒にいて、幸せで、

先輩の隣にいられるのが居心地いいって思っていたのに……


ソラが目の前にいる、それだけで

息するのも苦しいくらい胸が締め付けられて、

幸せだったあたしの気持ちを一瞬でどこかに消し去ってしまって……




あたしは、それくらい、ソラが好きで…………