なんだか、顔を合わせられない。

ソラとこうやって2人で話をするのは、あの土曜日以来初めてだった。




あたしの背中に、ソラの声を感じる。


「先輩と、付き合うのか?」


それは、一体どんな表情をしながら言っているのか全く分からない、

淡々とした言い方だった。


「ソラには関係ないっ」



もう……

なんでこんなこと聞いてくるのよ。



「でも……先輩があたしでいいって言ってくれるんなら……あたしは断る理由がないから」



売店の先輩は、ペットボトルを2本選ぶと、レジの方へ進んでいく。

レジには、3人ほどお客さんが並んでいて、

先輩はその後ろについて順番を待っていた。



その時、ふと、背後のソラが、あたしの座っているベンチの背もたれに手をついた気配がした。








ベンチにソラの体重がぐっとかかると、

ベンチは、体を預けていたあたしの体ごと少し後ろへと傾いた。


すぐ後ろに、ソラを感じる。

悔しいけど、あたしはただそれだけのことでドキドキしていた。



「美夕が先輩と付き合うなんて、絶対無理じゃん」


ソラは小さく呟いた。


「どうして?」







「だって、お前、先輩にあの傷見せるわけ?」



















「そんなこと、ソラには関係ないっっ!!」



あたしは思わず立ち上がっていた。


だけど、振り返ってソラの顔を見ることはできなくて。



レジで支払いをしている先輩の姿を見ながら、あたしは続けた。



「あの日あったことは全部忘れて!あたしも忘れるから!」

「美夕……」

「あんな傷、すぐに消えるし、ただの冗談でやってみただけだし」

「……」

「それを真に受けられちゃったら、あたしも困るんだよね!」



売店から先輩が出てくる。


そして、トイレからは、キラも……


助かった……。


あたしは、ソラに聞こえるように、大きなため息をついた。





2人が合流して、あたしたちの方へ歩いてくる。

あたしは頬を引きつらせながら、笑顔で2人に手を振った。


そのとき。



「俺は忘れないから」



ソラが、ぽつりと呟いた。



「絶対、忘れない」








それからしばらく、あたしたちは4人で園内をまわった。


だけど、

あたしは……


ソラが目の前にいるっていうだけで、息が詰まりそうで。

動物なんてのんびり見ている余裕なんてなかった。



(絶対、忘れない)


さっき、そう言ったソラは、あたしの背中にぽんと優しく手を触れて、

そのままキラを迎えに出た。


先輩も、キラも、そんなソラの仕草に気づかなかったみたいで

助かったけど……。



意識したくないのに、どうしてもソラを意識しちゃう。



それなのに、ソラは平然と、

あたしの目の前で、キラと仲よさげにしているんだから。



……やってらんないよ。










「美夕ちゃん、もうちょっとゆっくり歩く?」

先輩が、うつむきがちなあたしを気にして声をかけてくれる。

「ううんっ、大丈夫!」

見上げるとそこには、あたしをやさしく見つめてくれる先輩の笑顔。



なんだかあたし、そんな先輩と目があった途端、

理由は分からないんだけど泣けてきちゃって。



「……あれ?」


気がついたら、あたしの目から、涙がポロポロ零れ落ちていた。











「2人とも、先に行ってて」


先輩は、立ち止まってキラとソラにそう告げると、

あたしの隣に来て、あたしの背中の、さっきソラが触れたのと全く同じ位置にそっと手を回した。



「俺たち、ちょっと休んで行くよ」

先輩はあたしに、ね、そうしよう?って囁いた。



「だったら、俺たちも一緒に休憩するよ」

思いがけず、ソラがそんなことを言う。


あたしはその言葉に、つい首を横に振ってしまった……

それはまるで、ソラが残るのを嫌がるみたいに。


……どうしよう。

この態度って、なんか勘違いされそう……。



すると、あたしの不安は的中した。



「ソラ、先に行こうよ。……2人だけにしてあげよ?」

なんだか楽しそうなキラの声。


そして、キラは強引にソラの手を引くと、あたしたちから次第に遠ざかっていった。




キラたちの姿が見えなくなるまでじっとその背中を見送っていた先輩は、

2人を見届けた後、

「どこかに座る?」

って、さりげなくあたしの手に自分の手を伸ばしてきた。


先輩の手はふんわりとあたしの手を包んで、

とっても優しくて、


……あたしのことを大事に扱ってくれているのが分かった。



あたしは先輩に手を引かれて、木陰のベンチに腰掛けた。

「……で、さっきはどうして泣いてたの?」


先輩はあたしに、持っていたペットボトルを渡してくれた。

あたしは軽く頭を下げてそれを受け取った。


「……ごめんなさい」


まさかソラのことがスキで、

胸がいっぱいになって涙が出ましたなんて、


そんなこと、言えなかった。






「……俺がイヤ?」

「そんなこと!」


慌てて大きな声を出したあたしのことを、先輩が驚いて見ていた。


「……そんなこと、あるわけがないです」


あたしは、先輩に見つめられるのが恥ずかしくて、

先輩からもらったペットボトルのお茶を握りしめたまま、俯いた。



「だったら」



先輩が、下を向いたままのあたしの髪を優しく撫でた。




「緊張して、嬉しくて、それで泣いてくれたって思ってもいいの?」

「……え?」

「うん、そう思うことに決めた。……迷惑じゃなかったら」


顔を上げて先輩を見ると、



先輩はすこしだけ赤い顔をしていた。



そして、続けてこう言ってくれた。



「俺も、美夕ちゃんがスキだよ」
















「先輩……?」

「なかなか返事をするタイミングが無くて、このままこの前の告白をなかったことにされたらどうしようって心配してたんだ」



……嘘みたいだ。

先輩が、あたしのこと好きって言ってくれるなんて……。



「こうして今日、会えてよかった」



先輩と目が合う。

あたしはものすごく恥ずかしくて、すぐに目をそらした。


先輩はそんなあたしのことをじっと見ていて、

「美夕ちゃんは照れ屋だな」

って笑った。



そして、一呼吸置いたあと、

「ソラたちに、感謝しないとなー」

って、嬉しそうに呟いた。