「……うん。分かった。やってみる。取り敢えず書いてみる。うん、そうだ。千里の道も、一歩から。忘れては思い出すんだ。いや、違うな。忘れているんじゃない。忘れた振りをして、甘えてる? それなら良いね。本当に忘れる事ほど、罪なものも無い。忘却もまた罪なんだ。あれ? そう言えば、こんな話どっかで……、ああ、そうそう。有紗、こういう話知ってる? ……」

 わたしは安心したと同時に止まった震え、その理由が何だったかに気付く。我ながら、単純。

 陵市が一息おいてグラスを傾けたので、「頑張ろうね、陵市。それにしてもお腹空いちゃった。まだかな、ピザ」と、お腹が空いたわたし、おへその辺りに手を当てると、「もうちょっと待ってね。マスターが今焼いてるから。はい、これ、ジントニックとミックスナッツ」と、田口くんが笑いながら注文の品、わたしは「ありがとうございます」と言いつつ、マカダミアナッツを目ざとく見つけて、ひょいっと口にほおばった。

「……美味しい」

 それを訊いたのだろう、田口くんはにっこり笑い、「マカダミア多めに入れておいたからね」と、ちらり、厨房を見ながら囁く。

「俺も、じゃあひとつ」

 陵市もひとつ取って口に投げ入れると、かりっと云う音と共に、「うん、美味い」と御満悦のよう。
 わたしは、陵市の空になったロックグラスに注ぎながら、「やめられないね」と言った。マカダミアナッツ。わたし達は、高校でアルバイトを始めるまで、一度もそれを食べた事が無かった。
 初めて食べた時の感動は(それは確かにどこにでも売っている、チョコレートでコーティングされたお菓子だったけれど)今でも忘れられない。わたし達はひとつ食べては顔を綻ばせ、ひとつ食べては夢を見て、ひとつ食べては、無くなった後の悲しみに思いを馳せるのだった、とは少し言い過ぎだったのかも知れないけれど、わたし達は、兎に角それに目が無い。

 陵市が、ひょいっとまた口に運んだので「あ、ずるい!」わたしも負けじと口にひょい、陵市は呆れたのか、「カロリー高いのに、そんなに食べちゃって。太るよ?」、などとからかうので、キッと、その意地悪を睨みつけたところ、頬がほんのり赤かった。わたしは、先程までの陰鬱が消え失せている事にほっとしたのも束の間、「別に太らないもん」と言いながら、手の動きだけは止める。