「きっと、向いてないんだよ。有紗にも手伝って貰わなきゃならないし、こんな小説家居ないよ。正直、ネタが浮かばないんだ。もう、駄目なんだよ、きっと。エッセイだって下手。評論なんてもってのほか。この頃は、期日が怖くて仕方ないんだ。けれど、書かなきゃなんない。対談するにしたって、何を言って良いのか分かんないし……。だってだよ? みんな、何でも知ってるんだよ。俺だけが分からないんだ。きっと、編集者の方が良く知ってる。……うん、有紗の言いたい事は分かるよ。けれど、駄目なんだ」

 陵市はそこで一呼吸置き、着ていた茶色のガウンから煙草を取り出して、火を点ける。
 すぐさま立ち上る、セブンスターの香り。わたしは煙草は吸わないけれど、この匂いは、好き。

 けれど、足の震えは未だに止まらなくて、わたしは、「ファンの人達はどうするの?」と、陵市の予測していただろうその一言を、敢えて言った。

「ね、陵市? 頑張ろうとか、そう云う事は言わないよ? ただね、この前のファンレターとか、その前の時だって、涙流して喜んでたじゃない。一五歳の子が便箋五枚にぎっしり書き込んで送ってきてくれた時、言ったよね? 『こんな俺でも、役に立つ事が出来る。俺達の子供を愛で、共に泣いてくれる人が居るんだ』って。わたし、嬉しかった。みんな、応援してくれてるよ? お父さんもお母さんも、みんな喜んでくれてる。これ、すっごい事だよ? 締め切りだって、まだ、二ヶ月あるんだし、量も四万文字。書けるよ、陵市。私が全部、繋げるから、ね?」

 止まない震えを抑えるように、わたしはジントニックを一気に飲む。一瞬置いて頭痛がし、かき氷を食べた後のような、あの感覚に襲われる。

「……あの、すみません。ジントニック下さい」

 わたしがマスターの代わりに振っているアルバイトの子(田口くん。二十五才の男性の方で、わたし達より三つ年上)にお代わりを注文して、陵市の方を見遣ると、……あ、陵市は長髪を垂らして、どうやら涙ぐんでいるようだった。

「……けど、書けるかな?」

 そう言って振り向いた陵市の雫を指で掬い、わたしは「書けるよ」と言いながら頷いてみせる。