「おいおい。お前の父親だった俺を呼び捨てかよ。まったく恩知(おんし)らずだな」


 彼は慎次の元父親。慎次は五歳まで彼の息子であった。しかし、彼は慎次に虐待を加え慎次を児童(じどう)相談所(そうだんじょ)に預けられた。その時は外傷(がいしょう)がひどく警察は健吾の行方(ゆくえ)を捜(さが)したが捕まったというニュースは聞いていない。それ以降慎次はこの男のことを忘れようとしてきたが、忘れ去ることは出来なかった。


「おーい美佳(みか)!こっちに来いよ!慎次だぜ!」


 健吾は反対側で待っていた女性に手を振って呼ぶ。美佳と呼ばれた女性がこちらに近づいてくる。慎次は本当に逃げ出したくなった。美佳は健吾の妻(つま)。慎次にとっては母親に当たる。彼女も健吾の虐待を助けるわけでもなく、ただ虐待を見ていた。


 赤いワンピースに襟にはファー付きの黒のジャケットを着て、黒いハイヒール。血のような赤い口紅(くちべに)に不気味なほど大きい目。慎次には悪魔(あくま)のような二人だ。


「やだ!本当に慎次!?久しぶりねえ!もう十年になるの?大人になったねえ!」


 美佳の手が慎次に伸びる。慎次は反射的(はんしゃてき)にそれをはたいた。
慎次にとって二人は親でも何でもない。だが他人と呼べるものでもない。


「おいおい。しばらく見ない間に随分(ずいぶん)ひどいことをするようになったな。新しい家はそんなにひどいのか?」


 健吾は冗談(じょうだん)交(ま)じりに話してくる。慎次はそれを無視するかのように立ち去ろうとするが健吾に阻(はば)まれる。


「ちょっと待てよ。せっかくの再会なんだ。もう少し話そうぜ?」


 腕を振りほどこうとするが、健吾の力の方が上で慎次の腕は全く動かない。慎次は後ろを向いたまま健吾の話を聞いた。


「俺さあ。フリーライターになったんだぜ。すごいだろ?俺の記事が週刊誌(しゅうかんし)に載ってるんだ。ほら。これをやるから」