慎次の足が止まった。そこには一組の家族がいた。父親と母親に手を繋(つな)がれて歩く女の子。その表情は笑顔で満ち溢(あふ)れている。


 震えている。足がすくんでいるのが分かった。


 十年前の悪夢が蘇ってくる。あの忌々しい記憶が。


 慎次が頭を押さえて道路にしゃがみ込んだ。反対側にいる家族もそれに気づいてこちらに向かってくるのが分かる。


 やめろ。近づくな。こっちに来るな!


 心では分かっているが体が動かない。恐怖で身動きが取れない。まるで地面に縛(しば)られているみたいだ。


「おい!大丈夫か!?」


 男の声がする。茶色のジャケットに黒い襟付(えりつ)きシャツ。少し破けたジーパン。黒い靴。


 慎次はすっと男の前に左手を差し出す。


 大丈夫だから、早く行ってくれ。そう慎次は取って欲しかった。
しかし、男はその手を握り慎次を立たせる。慎次は顔を下にさげ右腕で顔を隠している。全身から汗が出ているのが分かる。早く立ち去りたい。早くこの場から逃げたい。


「あっ……ありがとう……ございます」


 足早に立ち去ろうとしている慎次を男は逃がさなかった。


「何で逃げるんだよ?慎次?」


 汗が全身を駆(か)け下る。気づかれていた。慎次は観念したように顔を男の方に向ける。


 面長で顎(あご)に髭(ひげ)をたくわえ、髪は茶髪で短い。目は闇(やみ)を思わせるほど黒い。背は慎次より頭一つ大きく耳にはピアス。十年前とほとんど変わっていない。


「新沼健(けん)吾(ご)……」


 慎次は震えながらその男の名前を口にした。