――簡単だ。お前が正面から立ち向かえばいい。そして考えろ。お前には幸い(さいわ)思考力(しこうりょく)がある。だから考えて考え抜いてそれを持って行動すればいい。最初はうまくいかないかもしれないが、それでも後ろは見るな。後ろを見ればまた元のお前に戻る。


「君は誰なの?どうして僕のことを助けるの?」


 ――俺は自分が誰だか分からない。ただ自分の自我だけは確立(かくりつ)している。あの医者が言っていたように、俺には俺という存在がある。でも俺は分からない。自分が何者なのか。だから俺が何者(なにもの)なのか探す協力して欲しい。


「でも僕には君みたいに力も度胸(どきょう)も無いよ?」


――それは俺が代わりにやってやる。お前には頭脳労働をしてほしい。それは俺には圧倒的に足りないものだからな。


「でも君が僕の身体を使っているときの僕は記憶がない。それでは助けることはできない」


 ――それは簡単だ。少しコツがいるだろうがやっていけばうまくいくさ。もっとも俺がそれを教えられるほどの思考力がないのでな。


 後半は彼が自嘲的(じちょうてき)に話すように聞こえた。まだ会ってほんの少しだが彼には他人と比べ、自分の方が劣(おと)っていることは素直に認めている。彼は多少(たしょう)乱暴(らんぼう)かもしれないがそれでも一生懸命(いっしょうけんめい)生きようとしている。だったらそれが自分にも出来るはずだ。


「いいよ。協力する。これも何かの縁(えん)だね。よろしく」


 少し遅いかもしれないけれども再出発だ。彼と一緒に行こう。


 下を向いていた慎次の顔が前を向いた。そこには慎次が作ったことのない希望に満ちた表情だった。


 しかし、その表情もすぐに消えることになった。