ドアを閉める時にノブが手にくっついた感触(かんしょく)があった。慎次はゆっくりと手のひらを見ると、そこには血がべっとりとくっついていた。
目が見開いた。もしかしたらこの血はもう一人の人格がやったのか?でも分からない。


『少し力を貸してくれ』。そう言われてから今までの記憶が全くない。


もしかしたら自分の体はもう一人の人格に支配されてしまうのか。


慎次は血のついた手を強く握(にぎ)って相談室を離れた。何があってももう一人の人格に自分の身体(からだ)を支配されてたまるか。


――それは違う


 昨日聞こえた声だ。慎次はあたりを見回してから、


「どういうことだ?」


 声は少し可笑(おか)しそうに、


――いちいち声に出さなくてもいいぜ。俺の声が他の人間に聞こえるときはお前の身体にいるときだけだ。お前がその身体にいるときは心で話しかければいい。今後はそうしてくれ」


 慎次は少し顔を強張らせて、


「僕の身体で何をした?」


 ――お前の身体の乗り心地を確かめていた。しばらくお世話になりそうだからな。


「石川たちをやったのもお前の仕業だな?」


――仕業ねえ。せめておかげと言ってもらいたいね。俺は機嫌(きげん)が良かったぜ。あ
いつらが俺の怒りに触れようとしたからだ。まあ。いい運動にはなった。久し振りに体を動かすからつい面白くなっちまった。


 慎次は黙(だま)ってしまった。もう一人の人格(じんかく)はこうまでも残酷(ざんこく)なのか。玲菜が言っていたもう一つのアイデンティティーが存在すると言っていたが、これなのだろうか?

 ――お前が嫌(いや)なことがあったら俺を呼べ。俺が出てきてお前を助けよう。俺は身体を使えるし、お前は嫌なことから逃げられる。これなら利害が一致するしな。どうだ?


「……」


 ――まあ、すぐに言われて決められるなら苦労はしないよな?危なくなったら俺を呼べば助けてやるさ。


 それ以降(いこう)、声が聞こえなくなった。慎次の両手にこびりついた血が手(て)汗(あせ)で床に薄い赤色が下に垂(た)れていた。