明日は日曜日というのもあって、午後8時を半分ほど過ぎた駅前のアーケード街は、いつもより多くの人たちであふれかえっていた。


おしゃれをして恋人と歩く女の子。昼間より元気なサラリーマンたち。
呼び込みをするキャバ嬢や、笑いながら上機嫌でそれと掛け合う酔っ払い。

誰もが悩みや苦痛を持っているはずなのに、今目の前に見える笑顔たちはそんな影のかけらもなくて、俺は正直。


今の俺自身がそうしようとしているために、余計にそんな邪念がちらついて風に見えるのかも知れない。


どこかの店内で流れる有線放送や車のクラクションなどでガヤガヤとにぎわいを見せている表通りから、ともすれば見逃してしまいそうな細く伸びる横路へするりと入り込む。

そこから先は一転、俺は表とは全く別の静かな異世界へと誘(いざな)われていく。


小さなバーやネオンのたくさん付いた怪しげな店の前を通り過ぎて、強そうでヤバそうなお兄さんたちがたむろしている前を目を伏せて足早に通り過ぎ、俺はその奥の路地にある1軒の店の前で足を止めた。


『Blue Moon』
古めかしい洋風のランプが1つ灯っていて、静かに店の名を照らしている。

大正時代には雑貨屋だったというその建物は、1910年代から30年代にかけてパリを中心に西欧で栄えた、アールデコという装飾様式で造られたそうで、その単純で直線的なデザインは現代の日本の建物に囲まれて、そこだけ切り取られた過去のように異質だった。

規則的にレンガが積まれた焦げ茶色の壁に古びた重厚な扉が付いていて、埃で汚れたガラスから中を覗くと洒落た感じの螺旋階段が下の方へと続いている。




俺は緊張を払うように短く息を吐くと、重い扉を開いた。