妻は、夕日で染まる顔を更に真っ赤に染め、
「はい」
と、たった一言だけど返事をしてくれた。



その時から、俺たちは正式に付き合いだしたんだっけ。


あの時、この桜と約束だけは忘れずにいようと決めたのに……


俺はその約束を家で桜の花びらを見るまで忘れていたんだ。



『何があっても俺が守る』
か……。



あの頃は、何でもできると思っていた。


実際の俺は、何一つ守れなかった。





帰ろう妻の車椅子を押し始めたとき、
「待って」
とずっと桜を見つめる妻に桜の花びらを数枚手に取り妻に手渡す。



すると、子供がおもちゃをもらったように満面の笑みをして喜んだ。


車椅子を押し…最後にもう一度と思い、桜を振り返る。



すると…そこには、夕日が桜の向こうに昇り、逆光で彼らの顔がはっきりわからず、黒いシルエットとして浮かんでいた。


ネクタイを交換する彼らのシルエットは、昔の俺たちをそのまま映し出したようだった。




再び前を向き、車椅子を押し、車へと乗り込む。