「圭太郎君は？」
　後部座席を見る。ようやく圭太郎君と目が合う。
　圭太郎君は歯を見せた。
「お前と同じだよ。先生と会った最初の頃も、受験のために練習していたときも、合格発表のときも、先生には驚かされっぱなしだ。それを思い出した。まあ今でも、先生は不思議な力を持ってんじゃねえかなって思う」
「奇遇だね」
　運転席の酒井君が言う。
「僕も先生、白峰美鈴が魔女なんじゃないかと思うよ」

　ピアノに憑かれた魔女、とドイツ時代の先生は渾名されていたそうだよ。そう酒井君は続けた。なんてぴったりな渾名だろうと思う。
　先生は、本当に変幻自在だ。鏡の前で己の美しさを問うていた美貌の魔女、腰の曲がった醜い魔女、人形に命を与えた慈悲の魔女。どんな姿にでも変わった。聴く人の頭の中に、どんな複雑で色彩豊かな絵でも映すことができる。先生自身は黒髪に黒地のドレスを纏い、そして漆黒のピアノを前にしていると言うのに。
　かと思えば、家の中にいればとても美味しいお菓子を作るし、庭には季節毎に美しい花を咲かせる。