その春から、圭太郎君はぴたっと喧嘩をしなくなった。毎日毎日、自由時間には西の角の部屋でずっとピアノを弾いていた。近くの公園で、みんなでサッカーしようと誘っても来なかった。そのうち、圭太郎君をからかう園児も、遊びに誘う園児もいなくなった。

「装飾音とか楽譜に書いていない音はどうやって理解したんだ」
 酒井君はだんだん質問を挟むようになった。
「通学路にCD屋があって、探して試聴機にかけた」
「ランドセルのまま?」
「園に戻っている時間がもったいないからな。『親と約束してるんだ』と嘘をついて……まあ、園長先生に呼ばれて何か話したな。そのうち、その店に行ったらランドセルを預かってくれるようになった」
 つまり、園長先生からそのお店に話があって、お店で承知してくれたのだろう。わたしたちには自由に使えるお金なんてなかった。そして悪いこと、例えばCDの万引きなんかしようがなかった。だって、自由にCDを聞くことはかなわない。
 小学校の帰りの会が終わって、「さようなら」と言って顔を上げると、隣のクラスから足音が響いてきて、圭太郎君は廊下を早足で通り過ぎた。靴を履くと、校庭を走って通り抜けて、校門を出ていった。そして、わたしより遅く、園に戻ってきた。