車は順調に進んで行く。酒井君は何も言わずに運転する。

「あいつの音楽はそれでいいんだって納得がいった。ハンデがあろうが無かろうが、あいつは自分の音楽を持っている。それで生きている。俺はどうだ。ピアノで生きていけるピアニストになったか、いやまだだ」

 ナオ、と圭太郎君が酒井君のことを呼んだ。それがひどく新鮮に耳につく。圭太郎君の声の向きが変わっている。酒井君のほうを向いているんだ。

「力を貸してくれるのはありがたいし、それに甘える。頼むよ」
「……弾くのは、圭太郎、君だよ」
 酒井君も答える。少しだけ、バックミラーを見た。
「解っている。当然だ。だから、満足に弾けて、十分に聴ける音楽になったと思ったら、俺のことをちゃんと売ってくれ。その、物語が必要なら使ってくれ。親に捨てられたことも、何でも」