ワゴン車の三列目に圭太郎君は乗り込んだ。左端に座り、額を窓ガラスに付けて目を閉じている。

「出すよ」
 バックミラーで圭太郎君をちらと見て、酒井君が言う。圭太郎君から返事はないが、酒井君は前を見た。
 朝は良く晴れていたように思ったけれど、今の空には雲が多い。雨は降らなそうだね、と酒井君に言おうと思ったとき、圭太郎君が話し始めた。

「――って、いるだろう。同い歳の」
 国際コンクールで優勝したことでとても有名になったピアニストだ。
「高校入る前からリサイタルやって、有名な指揮者とオーケストラとコンチェルトやって……羨ましい、と言うよりは、妬んでたんだ」
 鏡越しに見ると、圭太郎君は窓の外に目をやっている。怒ったような表情の上に、一枚薄い紙を置いたような、感情の読めない顔をしていた。

「目が全く見えないだろ」
 まるで上半身全部が指であるように、体を揺らして弾く。テレビ番組に出ているのを何度か見たことがある。
「同じコンクールに何回か出た。あいつのことは話には聞いていて、実力じゃなくて『全盲なのにピアノが上手い』っていう同情で評価されているんだと思っていた。それで妬んでいたんだ。いつかのブラインド審査のコンクールで」
 演奏者が誰がわからないようにして行うものだ。
「丸く弾くやつがいるなと思ったんだ。音楽がぼやけているわけじゃなくて、何だ、真珠が連なっているような音だ。蓋を開けたら、それがあいつだった」