「物語?」
 オウム返しに問う。昨晩もザビーナさんが言っていた。
「圭太郎の出自を明らかにして、これまでの人生を明らかにして、世の中に暴露するよ。圭太郎の音楽のために。圭太郎の音楽を売るために」
 暴露という言葉が、酒井君の胸をぎこちなく振動させる。不釣り合いな響きだ。
「早紀」
 わたしの名前を呼ぶ。高校生の頃、酒井君は軽やかにわたしの呼び方を変えていったけれど、わたしにはそれがやはり難しい。
「許してくれる?」

 うん、と答えたつもりだった。が、上手く伝わったかはわからない。
 昨晩言った。圭太郎君をよろしくお願いします、と。
「ありがとう。あとは、先生にも聞かないといけない」
 酒井君の声が小さくなる。体が離れる。
「約束の時間がある。行こう」

 椅子を片付けていたら、圭太郎君がホールに顔を出した。
「準備できた。頼む」
「ああ」
 酒井君は何食わぬ顔で答えた。