つい今しがたまで、圭太郎君はそこで弾いていた。思わず頬が緩む。
「弾く練習、かも知れないよ」
 まるで心を読んだかのように酒井君が言うけれど、その声も明るかった。

 酒井君に何をどう伝えたらいいのか、わからない。何をどう伝えたって、酒井君を傷つけてしまうことは分かっている。だけど、きちんと話したい。優しさに甘えて、中途半端にしておいていいはずがない。
「さ……」
「何やってんだ」
 呼びかけた声は部屋に入ってきた圭太郎君に遮られる。

 昨晩、わたしの中から飛び出そうとしていたわたしを、今解き放してあげたい。そうすることが出来たなら、わたしはどんなに楽だろう。
 圭太郎君が望んだものを、弾く理由をあげる。わたしのために、ずっとわたしのそばにいて、と。わたしだけに圭太郎君のピアノの音を聴かせて、と。
 今まで、色んな理由を付けては、覆い隠し、宥めて、紛らわせて、誤魔化してきた思いを、全部見せてしまいたい。