勝手口は、鍵が開いていた。
 不思議に思っていると、散水ホースを引きずった圭太郎君が現れた。作業を終えた後のようで、長靴とホースには泥が着いている。
「昨日先生に頼まれたんだよ。家に行くのなら、朝、庭に水を撒けって」
 聞いていないのに答える。長靴に目を向けると、
「これは加瀬のだ」
 とすかさず。

「すっきりした顔をしていたね」
 家の中で圭太郎君を待つ間、安堵した声で酒井君が言った。ただ、同じことが気になっていたようで、真っ直ぐに三階に向かう。
 散らばっていた楽譜は、全て元の棚に戻してあった。椅子も倒れていない。フルコンサートサイズのピアノは、大屋根が開けられていてまるで大きな鷲が翼を広げているようだ。部屋の中は日光の明るさで、珍しく開いている窓から風が入り、譜面台に広げてあった楽譜を捲った。